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手を上げて声を掛けた生徒がいた。学級委員の一人だ。
「よろしい」
それを目にとめると教師は、手に持って開いていた世界史の教科書を閉じた。
「つまらぬ授業であったかな?まあよいであろう。最初だと思ってどうかお許し下され」
その顔に笑みが浮かんでいる。
「それにしても、随分と捗(はかど)った。こちらは大助かりじゃよ。この次からはもう少し面白くしてお見せしよう。『授業がつまらん』と諸君に叱られてはたまらんからのう」
そう言って教壇の上に戻ると、ゆっくりと振り返り、生徒の顔を見渡す。
(どこの何者?)
訝りながら瞬一は顔を観察する。
その教師は、あごの下に山羊のような白いひげを生やしている。と言っても単純に垂れ下がっているのではない。先端が鉤(かぎ)のように上を向いている。
「本来、今ここにおるはずの竹澤先生。あいにくと、しばらくお休みを取られることとなった」
生徒から驚きの声が洩れる。
「ただし本人のご都合によるもの。儂(わし)はそのピンチヒッターという訳じゃよ。諸君は既に耳にしておられるであろう?だがもしまだであるというなら、自己紹介しておかねばなるまい。では改めて申し上げる。名前は久保田由康(よしやす)」
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