プロローグ

2/6
前へ
/256ページ
次へ
※  俺の監視対象である林原めぐみが自殺したのは五月三十日。それは、学園側から命令が下ってたった二週間後のことだった。  彼女は明るく快活で、クラスでも中心的存在だった。もともと精神薄弱な奴が集まるこの学園では、林原めぐみのように生き生きとした存在は珍しく、同じクラスだった俺は彼女のコミュニケーション能力の高さに驚かされることが多々あった。どんな奴とでも仲良くなれたり、うっとうしい振る舞いをするくせに人気者だったりする奴は、学校という集団内では必ず見つかるもので、それは俺たちが通う特殊な学園でも同じことだった。  入学してから一週間と経たないうちに、彼女は精神を患って鬱屈している連中の心にもすんなりと踏み込んで、仲良くなっていた。暗かったクラスの太陽のような存在だったと俺は思っている。しかし彼女は死んだのだ。寮の部屋で首吊りという、特に珍しくない方法で、彼女は世の中から消えていった。  彼女の自死にはみんな驚いていた。朝のホームルームで担任が彼女の死を告げた時、クラス中が驚きに包まれて、仲の良い奴は泣いていた。彼女の死を嘆いて興奮し、暴れ出した奴もいたが、そいつはすぐに警備員に掴まれて保健室へと連行された。昼前になってようやく戻ってきたそいつは、血の気のない顔で午後の授業を受けていたのを覚えている。  短期間に対象には積極的に干渉してはみたが、結果はこれだ。命がいかに脆いのかを、まざまざと突き付けられた。彼女が死ぬはずない――――俺は心のどこかで、そんな勝手な幻想を抱いて林原めぐみと接触していたのかもしれない。  監視をしていた俺に対してのお咎めは無かった。そもそも、自殺や死の危険性がある人間が俺たちの監視対象になるわけだから、監視対象になにか不幸が起こったからといって罰が下るわけではない。俺が監視を怠っていなかったことは報告書でも明らかになっていたので、学園側は「仕方ない、ごくろうさま」という簡素な言葉でねぎらってくれて、それで終わりだった。ほんと、人の命というのは呆気ないものだなと思う。
/256ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加