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「何か言った?」
彼女はきき返してくる。それに僕は。
「いや、何でもないよ。それよりも帰らなくていいの? もうそろそろ暗くなってくるよ?」
誤魔化し、質問をする。
元々、昼でも薄暗いビルだが、さらに暗さが増しているようだった。遅くなる前に帰るべきだ。しかし、その言葉に彼女は、少し難しそうな顔をして腕を組み、うーん。と唸る。
「昨日、帰りにくいって言ったよね?」
「うん」
実は、昨日。家に帰りたくないと駄々をこねる彼女を、滅多に人が来ない廃ビルとはいえ泊めるわけには行かないと、無理に帰らせていた。
「やっぱり、お母さん達の様子おかしいんだよね」
ぱたぱたと足を動かしている。
彼女が帰りたくない、というのも理由がある。彼女が言うには、明るかった家族がここ数日の間、妙に暗いのだという。理由を教えて、と彼女が言っても何も答えてくれずに、家族同士で一言も会話がないらしい。
彼女は、何か家族が自分に隠し事をしていると思っているようだ。……だが、それは間違いだ。
「だからって、ここに泊まるとかはなしだよ?」
「自分だって勝手に住んでるくせに……。いいよ、別に! 今日もちゃんと帰るから。」
「僕は、いいんだよ。昔から、ここに住んでるから。家族の人と話し合うの?」
「うん。いつまでも、このままは嫌だしね」
そういうと、彼女は立ち上がる。一瞬、その姿が消えたように見えたが、瞬きをすればそこに華奢な背があった。
彼女の顔は、僕からは見えないが、またニコニコと笑っているのだろう。
「そう。上手くいくといいね」
ただ僕はそう言って、歩き出す彼女を見送った。
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