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ーーふと気がつくと、私は自分のキャンバスの前に座っていた。
もう部室には誰もいない。赤い夕陽が照らす中、沈黙が私を誘っていた。
私は立ち上がり、あのキャンバスの前に立った。
幾度見ても、やはりその絵は私のこころを魅了し、打ちのめした。
なんで、と無意識に呟いた。
なんで、こんな絵が描けるんだろう。どうやったら、画けるのだろう。
どうして、どうしてーーこの絵を画いたのが私じゃないんだろう!
「っ!」
私は、衝動的に右手を振り上げた。握られたままの絵筆には、たっぷりと赤い絵の具が含まれている。
ーーこの手を振り下ろせば、もうこんな思いはしなくなる。
唇を噛み締めて私は絵を見つめた。まるで憎むかのように、血走った目をしているだろう。
コツ、コツ、と壁に掛けられた時計の音が響き、私の荒い吐息と混じりあう。
何度も何度も絵筆を振り下ろそうとして、だけど出来ずに、私はそっとその場を後にした。
何故出来なかったのか。それは、美しかったからだ。
良心が咎めたなどということではない。
夕陽に照らされた絵があまりにも美しくて、どうしても穢せなかった。
私はさらにうちのめされて帰路につき、そして、今こうして夜空を見上げている。
ーーなんて私は醜いのだろう。
勝手に妬んで、汚そうとした。それをはね除けたのは私の心の強さなどではなく、あの絵の美しさだ。
赤い月にあの絵を重ねて、私は目を閉じた。
ああ、神さま。願わくは、どうか。
ーー明日もあの絵が美しいままでありますように。
閉じた目から、涙が一筋流れ落ちる。
美しく在りたいのに、願わずにはいられない。
ーーそして、いつか。
いつの日か、この醜く浅ましい私にもうつくしい絵が画けますように。
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