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「携帯電話……どうして?」
窓から射し込む陽の光の作る影が、やや姿勢を高くし始めた昼下がり。病室には空調が入り夏の訪れを示している。
「ほら、メッセージなんかも使えたら、修哉さんにも連絡がとりやすいわ。電話じゃ何度か行き違いになる事があったでしょう?」
今時だが、むつみは携帯電話を持っていない。連絡は病院の電話を使えばいいし、そんな機会もまず少なかった。
さらに言えば、従順な妻であるなら自分の世界など必要ない。小さな画面の中に何かを発見する事など無縁である。
「もちろん、いいよ。書く以外の楽しみも見つかればいいと思うし」
修哉にしてみれば、愛おしい妻のお願いなら必ず訊いてやりたいし、反対する理由もない。
むつみもまた、こうして何でも叶えてくれる夫に感謝している。
「よかった。判らない漢字もすぐに調べられるわ」
わずかに舌を見せて照れ笑いなどされると、休日の午後というゆとりの空間は、すぐさま淡く色づき始める。
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