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「八木さん、ご主人いらしてますよ」
朝の陽の光は床一面を照らし、まるで光の絨毯のようだ。美しいが、気を張り詰めていないと足元をすくわれるような錯覚にもとらわれる。
だから、彼女は常に気を付けている。
「あ、すぐに戻ります」
むつみの手には淡い橙色のノート、愛用のペンは極めて細く、その指先と競い合っているかのように見える。
明るいデイルームを出て病室に戻るまでには、白い砂糖菓子のような風景が広がっており、幻想的のひと言に尽きる。
ふと、現実に引き戻されるようにして現れた扉を開くと、静かな佇まいの男性が微笑んでこちらを見ていた。
幸せを絵に描いたように、美しい夫婦。
「むつみちゃん、これ」
八木 修哉(やぎ しゅうや)は五つ年上の、優しい夫だ。その手には真新しい橙色のノートが見える。
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