その一

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翌日。注意をして客を眺めているうちに、宗助はさっそく”あの子”とやらを見つける。 船着き場で俯きながら宗助に銭を渡した彼女は、艶やかな流行の庇髪に牡丹色の簪、それから萌黄色の着物に身を包んでいた。 なるほど、男たちのいうようにとてつもなくかわいらしい子だった。白魚のような指先に、赤く潤った唇。黒目がちの瞳はぱっちりとしていて、恥じらうように小首を傾げるのがどうやら癖のようだ。 舟の端に静かに座る彼女に、鼻の下を伸ばした男たちが一心に視線を注いでいる。 そして男たちのいうように、彼女は片方の岸で降りると再び舟に乗り込みもとの岸に戻る。それを延々と繰り返し、彼女にぞっこんの男たちもまた彼女を追うように延々と舟に乗るのだった。改めて見れば、全くもって滑稽な光景だ。 「ちょいと、あんた……」 人が苦手でとりわけ女が苦手な宗助でも、今回ばかりは黙っていられなかった。最終便が終わったところで、柴又方面へと引き返そうとする彼女を呼び止める。 くるりと宗助を振り返った女は、恥ずかしそうに小袖で口もとを押さえている。 「なんでしょうか……」 「教えてくれ。何だって、一日中俺の舟に乗ってるんだ……」 それは、と赤い唇が鈴の鳴るような声を出す。 「昔、ある御仁が”ずっと乗ることが好き”とおっしゃっていたからです。その人の気持ちに寄り添おうと、毎日頑張っております」 「はい……?」 女の言い分は、全くもって意味が分からなかった。とにかく、今大事なことはそんなことではない。この女を舟から追い出すことだ。至福のひと時を取り戻すためには、彼女の素性を聞き出すことよりその方が手っ取り早い。 「まあいい。ともかく、今日限りでやめてくれ。人が増えて、迷惑してるんだ……」 「人が、増える……?」 「あんたにほれ込んだ男たちだよ。あんたの素性を訊き出せと、俺の家にまで来やがる」 「そんな……」 黒目がちの瞳が見開かれ、みるみる蒼白になった。 「どうやら、またやってしまったようですね……」 「またやってしまった……?」 いちいち、訳の分からないことを言う女である。 女が苦手なのも忘れイライラを募らせる宗助の手前で、彼女は意を決したように口を開いた。 「私の恋煩いは、感染るんです」
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