その一

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「恋煩い……?」 変な女に関わってしまったと、宗助は今さらのように後悔した。 女の言い分はこうだった。 女の家系は昔から”恋煩い”を感染(うつ)してしまう血筋で、女が恋をすればその恋が成就するか覚めない限り、女を目にした男どもが彼女にほれ込んでしまうのだという。 「母が父と結婚するまで、母の周りでは母を巡る殺人事件が絶えなかったそうです」 「それは恐ろしいな……」 馬鹿げた話だが、嘘をいっているようにも思えない。現に今こうしている間にも、すれ違う男たちが次々と鼻の下を伸ばして彼女に視線を送っている。重症なやつは、物陰からじっとこちらに刺すような視線を寄越しているほどだ。 「前にもこんなことが?」 「一度だけ、子供の頃に。ですがその時はまだ幼く淡いものでしたので、大事には至りませんでした。この度は諦めるのではなく成就させようと、今必死の努力をしているのです」 「もしかして、必死に気持ちに寄り添おうとしている御仁が想い人なのか……?」 「そうです。ですが、私なぞには到底手の届かないお人で……」 辛そうに、女が俯いた。それから、意を決したように顔を上げ真正面から宗助を見つめる。 「お願いです。私がその人に見合う女になる、手助けをしてくださいませんか?」 「……はい?」 宗助は、面食らわずにはいられなかった。女を知らない自分が、女を変えることなど出来るはずがない。ましてや恋の手ほどきなぞもってのほかだ。 「すまんが、他を当たってくれ。ともかく”乗り続ける”練習は、俺の舟ではなく他の場所で……」 「嫌なら、今ここで叫びますよ」 「……は?」 「痴漢と言って私が今この場で泣き崩れたら、あなたの人生はどうなるでしょう? 仕事を奪われ、後ろ指刺される人生などごめんでしょう?」 取って作ったような美しい笑顔で、にっこりと笑って見せる女。 途端に宗助の背筋がぶるりと震える。 (なんて女なんだ……) これだから、人というものが苦手なんだ。ましてや、女なんて生き物は容易く近づくものじゃない。
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