その二

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その二

女の名前は、福というらしい。齢は十八。見た目よりも、年を取っている。 三日だけなら面倒を見てやるというと、福は嬉しそうに承諾した。しぶしぶ宗助は雇い主に余暇を申し出て、その翌日から福の女磨きとやらに加担する羽目になる。 「凌雲閣に、連れてってもらってもええやろか? 流行の場所も知らん女子は、男の人には退屈でしょう?」 つい最近までは京都に住んでいたという福は、ふとした時に甘えるような京都弁を口にする。とはいっても両親は深川の生まれだから、東京弁も操れるのだという。今は深川の母の実家に、身を寄せているらしい。 「俺は行きたくない……」 昨年竣工したばかりの凌雲閣は浅草にある十二階建てという前代未聞の建立物で、いまだ人で溢れかえっているという。人ごみの苦手な宗助には、早速ながら迷惑な申し立てだった。 「いいのですか? わたしがあなたに犯されたと騒げば、わたしに惚れ込んでいるあの人達はあなたを生かしちゃおきませんよ」 「なんてことを言いやがるんだ……」 重い足取りで、宗助は福とともに浅草へと向かう。 人でごった返す雷門を抜ければ、なるほど巨大なかりんとうのような凌雲閣が、空ににょっきりと伸びていた。 「すげえな。あんなでっけえ建物、初めて見た」 「雲に手が届くという噂ですよ」 浅草寺の石畳をからころと歩きながら、福がほがらかに言う。そんな彼女とすれ違う度、道行く男たちがはっとしたように彼女を振り返っていくのだった。年端の行かない子供から年寄りまで、皆恍惚とした顔で二人の後ろに列を成していく。 しまいには浅草寺の境内は、まるで百鬼夜行さながらの行列に埋め尽くされた。 彼女の恋煩いは、常に感染を続けているらしい。恐ろしくなった宗助は、彼女から逃げるように足を早めるのだった。
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