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福に一目惚れした男どもは、宗助と福に続いてどやどやと凌雲閣になだれ込む。一枚八銭の切符が、飛ぶように売れていった。
福めがけて押し寄せた男たちが一斉に展望台へと続く”えれべえたあ”に乗り込んだものだから、”えれべえたあ”はあえなく故障。ロープで一人一人救い出される羽目になる。
とんだ災難だ。観光は愚か、女磨きどころではない。帰る頃には宗助は、骨の髄からくたびれていた。こんな日があと二日も続くかと思うと、耐えきれない。
「そんじゃあ、また明日……」
深川の不動堂の門前まで福を送り届け、宗助は足早に帰ろうとした。振り回されてこちらは苦労しているというのに、福は一日中楽しそうだった。ところが帰路についたあたりから、どうも機嫌が悪い。
「宗助さんは、スケコマシなのですね」
立ち去ろうとした宗助は、背後から投げかけられた福の声にふと足を止める。
「今、なんと……」
「さっき、綺麗な女の人にたくさん声をかけられていました。色目を使っていたのでしょう」
「そ、それは……」
凌雲閣の地下には、いわゆる娼婦が溢れている。それが夕刻時になると表へ出て男に声をかけるのが習わしで、通りかかりの宗助もことあるごとに「お兄さん、寄ってかない?」と呼び止められたのだが、どうやら福はとんだ勘違いをしているようだ。
「この、エロスケコマシ」
最後に鈴のなるような声でとんだ悪態を吐くと、福は茜色に染まる不動堂の境内へと消えて行く。
かわいい形(なり)をして、とんでもない毒女だ。
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