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紅葉が燃えるような茜色に染まる晩秋の季節になると、あの夢をよく見る。
隠れるようにしてしがみついた母の腕の中から見えたのは、あの人が最期に自分に向けて笑ってくれた顔だった。
夢の中でいくら足掻いても、それは遠い過去に確かにあった事実だから。
変えたくても、変えられない。
地面に落ちた紅葉の絨毯の上に、崩れ落ちてうつ伏せになって横たわるあの人の姿が遠くから見えた。
母の悲痛な泣き声が頭の上から聞こえてきた時、あの人がもう自分に向かって笑いかけてくれることはないのだと悟った。
「運命に抗ってみるかい?」
気がつけば、夥しい量の返り血を全身に浴びた黒いスーツ姿の男性が、母の腕の中にいた自分のことを見下ろしながらそう呟いていた。
あの人の身体を貫いた刀を手にしながら。
自分へと向けられた、あの人の命を奪った男性の眼差しは、冷たいどころか不思議と怖さを感じさせない柔らかなものだった。
今なら、それが憐憫の情を僅かながらでも含んでいたものだと分かる。
父親を眼前で喪った娘に対する、男性なりのせめてもの償いだったのかもしれない。
その男性の傍にいた他の男性2人が、こぞって私に声をかけた男性に異を唱えていた。その2人もまた、同じ黒いスーツを着ていた。
自分に静かに語りかけた男性が意見を曲げることはなく、それによって自分と母は生かされることになった。
男性が唱えた言葉によって、あの人の亡骸が跡形もなく消え去ると、やがてスーツ姿の男性達も闇夜の中へと姿を消した。
いつか迎えに来る、その言葉と護符を自分に残して。
その時、自分は7歳だった。
その約束の言葉は、自分が大学を卒業して公務員になって間もなくしてから果たされることになった。
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