毒舌公務員嬢の誤算

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「課長はずっと早期退職のことばかり考えてましたからね。なんだかんだで、来年で定年ですけど」 茜は2度程この場所を訪れている。私はというと、実は今回が初めてだった。大抵、この手の仕事は綾小路さんがこなしてくれていたからだ。 市役所内に入ると、そこにいた人間の視線を一斉に浴びた。 「鬼頭さん。俺、めちゃくちゃ見られてますよね。あそこに座ってる女の子とか、俺のことカッコいいとかって思ったりしてんのかな」 「勘違いするな、オメデタ能天気馬鹿。見られているのは、私だ」 歩きながらこそっと耳打ちしてくる茜に、冷ややかに告げながらも別のことに意識は向けられ、心拍数がどんどん上昇していくのを感じていた。 あれから、もう17年の歳月が経った。 それなのに、あの日の出来事が昨日のことのように鮮明に頭の中によみがえる。 盆吉ちゃんは行かなくても良いと言ってくれた。今回行くと決めたのは私だ。 ノックをしてからドアノブに手をかける。一般職員には知られてはならない重要書類があるのに、このセキュリティの甘さで良いのだろうかと、いつもこの瞬間に思う。高知もそうだからだ。 一応、臨時業務に携わる人間は、誰しも机に鍵などはかけてはいるのだろうけれども。 「失礼します」 頭を下げつつ中を見渡す。まばらにお疲れ様ですと、中にいる人達の淡々とした声が耳に入る。 かつて資料室として使われていた狭い部屋のうちの課とは違い、松山市役所の同課は、かなりの厚待遇な扱いを受けている印象を受けた。 囲いのある部屋という点ではうちも同じだ。しかし、エアコンはあるし、広さはうちの3倍もの広さのある部屋だった。 女性と男性が半々の人数で8人いて、バランスが良いところも実に羨ましい限りだ。 「おう、来たか」 椅子から立ち上がる音と共に、威厳のある声が聞こえてきた。奥からすらりと背の高い中年男性が歩いてくる姿が見えて、私は身を固くした。 なるべく自然な立ち居振舞いをと思っていたけれど、ひとりでに顔が強ばっていく。
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