12人が本棚に入れています
本棚に追加
「課長はずっと早期退職のことばかり考えてましたからね。なんだかんだで、来年で定年ですけど」
茜は2度程この場所を訪れている。私はというと、実は今回が初めてだった。大抵、この手の仕事は綾小路さんがこなしてくれていたからだ。
市役所内に入ると、そこにいた人間の視線を一斉に浴びた。
「鬼頭さん。俺、めちゃくちゃ見られてますよね。あそこに座ってる女の子とか、俺のことカッコいいとかって思ったりしてんのかな」
「勘違いするな、オメデタ能天気馬鹿。見られているのは、私だ」
歩きながらこそっと耳打ちしてくる茜に、冷ややかに告げながらも別のことに意識は向けられ、心拍数がどんどん上昇していくのを感じていた。
あれから、もう17年の歳月が経った。
それなのに、あの日の出来事が昨日のことのように鮮明に頭の中によみがえる。
盆吉ちゃんは行かなくても良いと言ってくれた。今回行くと決めたのは私だ。
ノックをしてからドアノブに手をかける。一般職員には知られてはならない重要書類があるのに、このセキュリティの甘さで良いのだろうかと、いつもこの瞬間に思う。高知もそうだからだ。
一応、臨時業務に携わる人間は、誰しも机に鍵などはかけてはいるのだろうけれども。
「失礼します」
頭を下げつつ中を見渡す。まばらにお疲れ様ですと、中にいる人達の淡々とした声が耳に入る。
かつて資料室として使われていた狭い部屋のうちの課とは違い、松山市役所の同課は、かなりの厚待遇な扱いを受けている印象を受けた。
囲いのある部屋という点ではうちも同じだ。しかし、エアコンはあるし、広さはうちの3倍もの広さのある部屋だった。
女性と男性が半々の人数で8人いて、バランスが良いところも実に羨ましい限りだ。
「おう、来たか」
椅子から立ち上がる音と共に、威厳のある声が聞こえてきた。奥からすらりと背の高い中年男性が歩いてくる姿が見えて、私は身を固くした。
なるべく自然な立ち居振舞いをと思っていたけれど、ひとりでに顔が強ばっていく。
最初のコメントを投稿しよう!