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「課長、お疲れ様です」
茜の言葉に続いて、私も目の前に立っている課長と呼ばれた中年男性に向けて、真っ直ぐ見上げたまま呟いた。
この人に会うのは久しぶりで、大学を卒業して都庁で働き始めまて間もなくの頃に会って以来ぶりだ。
「お疲れ様です」
いつもなら簡単に出来る愛想笑いや社交辞令も、この人の前では一切通用しない。いや、通用しない気がした。それならいっそ、取り繕わない方が賢明だと思っていた。
「相変わらずだな、お嬢ちゃん」
尖った顎を右手でしごくようにして触りながら、目の前の中年男性は不敵な笑みを浮かべてみせた。
梶恭一。それがこの男の名前だ。
「え?鬼頭さん、課長のこと知ってるんですか?」
隣りにいる茜が素頓狂な声を上げると、梶恭一は奥の別室に来るようにと私達を促しながら、私の代わりに答えた。
「あぁ。お嬢ちゃんのことは、ガキの頃からよく知っている」
何の抑揚もない、事実だけを告げる淡々とした声。あの日の出来事が、まるで何でもなかったかのようにつきつけられているようで胸がざわつく。
きっと私は会っていなかっただけで、監視されていたのだろう。今の言葉で何となくそれが感じとれた。
ガラス張りの別室に入ると、早速臨時業務についての話になった。
「ここ最近、四国4県のうち高知での封印業務がやたらと増えているようだな。心当たりは?」
黒縁眼鏡をかけ、眉間にしわを寄せて資料に目を通しながら、梶恭一が問いかけた。
本当は気づいているくせに。
そんなこと、きっと盆吉ちゃんだってとうの昔に気づいている。
だから、私に今まで臨時業務に行かせなかったのだから。
茜だけが知らないけれど、私は実は臨時業務に行ったことは1度もない。
それはある理由があったから。
その為に、私の番の時は盆吉ちゃんか綾小路さんが行ってくれていたのだ。
今日だって、本当は盆吉ちゃんがここに来る予定だった。
けれど当日になって梶恭一が此処に来るのを指名してきたのは、私と茜の2人だった。茜はそのことを盆吉ちゃんから詳しくは聞かされていない。
私だけならともかく、茜が此処に私と共に呼ばれた理由が分からなかった。
梶恭一の思惑が見えない。
「そうですねぇ……心当たりと言われましても、俺らには何が何だか。ねぇ、鬼頭さん?」
茜は知らない。この男と私の因縁を。
そして、私の正体を。
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