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この仕事に誇りを持っている。そんな私に全てを預け曝け出してくれた今回のクライアントについては、自由を失うほどの時間を共に過ごした。
その結果を伝えようと無我夢中で時を刻んだ。これが最後の仕事だと言ってしまっても、問題ないほどに。
「しかしまあ、これだけの内容をまとめるには時間も体力も使ったろ。親愛なるスタッフに倒れてもらっちゃ困るからな。今夜はディナーにご招待しますよ」
「……喜んで、ボス」
「ああ、それと。今回も読んでいて少し解りにくい箇所が数点あったな。まあそこが、曖昧でいかにもお前らしいがな」
あえてフィルターを通して描いた部分は確かにある。けれど、この文章に曖昧なものなど残していないはずだ。彼らの人生に張り詰めた伏線は確実に回収した。
数奇な目でそれを知ろうとすると文字は心に落ちないだろう。描いた本人ですらが、それらを拾い集めるのに苦心しているのだから。
クライアントに影響されるほどのめり込んだ時間は、貴重だとは思うが、のめり込むほどその中に取り込まれるような不安から未だ抜け出せない。
そして、彼らの人生を描く私は、果たして本当に私だったのだろうかと、そのような錯覚からも、未だ抜け出せない。
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