記憶

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父親が出ていってから半年。変わったのは名前だけだった。斉藤から矢萩へ、ただそれだけ。人が1人居なくなったのに、生活の何もかもが驚くほど変わらなかったんだ。 「なあ、父ちゃんが居なくなるって寂しい?」 篤司に効かれても匠は首を横に振るだけだった。父は離婚する前からあまり家に帰らなくなっていたので、逆に前みたいにふらっと帰ってくるんじゃないかと思ってしまう。 ある日、学校で父親の職業調べの宿題が出た。宿題の事を相談すると、最近は母子家庭も増えてきているのにと母親が学校の落ち度を追求しそうな勢いで怒り出したので、匠はハラハラした。 その時、困った事があったら頼っておいでという父の言葉を思い出した。 次の日、匠は篤司に打ち明けた。 「僕、父さんに会いに行くよ」 「でも、父ちゃんの会社って遠いんだよな?」 「うん。電車で40分。前に行った事があるから、たぶんたどり着けると思う」 篤司はため息を付きながら、匠に言った。 「しょうがないから俺も行ってやるよ。けど、こずかい使っちゃったから来月まで待って」 「ダメだよ。宿題は来週提出なんだから。そうだ、篤司の電車代を僕が出すよ。こういうのギブアンドテイクって言うんだよ。テレビで言ってた」 「ギブあんこ………?分かった。とりあえず貸しておいて。来月になったらちゃんと返すから」 こうして、匠と篤司は小学校の帰りに父親の会社を訪ねることを決めた。
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