406人が本棚に入れています
本棚に追加
勉強しよう。
早く寝るように篤司に言われたけど、気持ちが落ち着かない。
匠にとって勉強は、心のバランスを保つのに必要なものだった。
両親の離婚以来家族の間には見えない溝のようなものが出来ていた。当時は分からなかったけど、今ならなんとなく分かる。
母は反対を押しきってまでした結婚が破綻し、祖父母に対して負い目を感じるようになっていた。そして、どんどん遠慮がちになり甘えることがなくなっていった。祖父母はそんな母を不憫に思い、父を憎むようになっていた。
そんな家族の唯一の救いが匠だった。匠は母に似て賢く、祖父母は孫を目の中に入れてもいいほど可愛がった。母も匠がいることで、前向きに生きようと気持ちを切り替える事が出来た。
家族の期待を一身に受けた匠は、絶えず息苦しさを感じていた。そんな匠を救ったのが勉強だった。勉強している間は嫌な事を忘れることが出来たし、よい成績をとればみんなが笑顔になったから。
育哉にとっての陸上は、匠にとっての勉強と同じだったのかもしれないな。
あれ……
匠はさっきから手が止まっているのに気がついてびっくりした。勉強に集中出来ないなんて初めてだ。
斉藤 育哉。
彼に会ってまだたった1日なのに、こんなに感情が揺れている。これじゃダメだ。今まで頑張ってきたことを無駄にするわけにはいかない。
よし、やるぞ。
匠は頬をパンと叩いた。
最初のコメントを投稿しよう!