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「今日もお疲れー」
前の席の石川がうーんと伸びをしながら、匠に話しかけてきた。
特進クラスである1組の授業は、夜の7時近くまである。だから、1日が終わるとみんなクタクタに疲れてしまう。
「お疲れ。そうだ、調理実習では迷惑かけたね。ごめん」
「いやいや、迷惑とか全然だから。野菜のカット、ほとんど矢萩がしてくれて助かったよ。
味噌汁用の大根や人参も綺麗に短冊切りにしてくれたし、親子丼の玉ねぎだって、あれが最後だっただろ」
「うん」
「あんなに器用だから、まさか指切るなんて思わなくてびっくりしたよ」
あれは、気づいてしまったからだ。陸上で活躍している斉藤 育哉があの斉藤だってことに。だから、動揺してつい手が滑ってしまった。
匠は、鞄に教科書を詰め込んでいた手を止めて石川を見た。
「なんで、そんなに心配そうな顔してるんだよ」
「だって、すごい量の血が出てただろ?大丈夫なのか?俺、まじでお前が死んじゃうかと思って怖くて動けなかったんだ」
そう言えば、同じ班だった石川は、僕より青ざめた顔でシンクに流れる真っ赤な血をぼうぜんと見つめていた。
「だから、あいつ……斉藤が来てくれて助かったよ。運動やってるから怪我に強いのかな。すぐに止血して、気を失った矢萩を軽々とおんぶして保健室に連れていってくれたんだ」
そうだったんだ。たしか斉藤は、隣の調理台にいたはずだ。
ありがたいけど、出来れば放っておいて欲しかったというのが匠の本音だった。
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