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「私はきっと、貴方に恋をしています。」
「恋…。」
名前も知らない、しかも人ではなく化物だと言う男性に恋をしてるなんて、頭がおかしいと思われるかもしれない。
でも男性の手が私の頬に触れた瞬間、確かに恋に落ちたのだ。
私に触れる手は、いつも欲望にまみれていた。
私の母は旦那様の妾だった。
元々この屋敷の女中として働いていた母を気に入り、囲ったのだ。
そして妾腹として生まれたのが私だ。
母は私を生んですぐに死んだ。
そのことに胸を痛めた旦那様は生まれたばかりの私をこの離れに閉じ込め、私を母の生まれ変わりだと思い育てた。
日に日に母に似てくる私を母と同じ名で呼び、母を抱くように私を抱くようになった。
実の子の私を…。
最初から旦那様は私を見ていなかった。
私を母と重ね、歪んだ欲望を孕んだ手で触れていた。
私は、そんな感触しか知らなかった。
でも今目の前にいる男性は違った。
真っ直ぐ私を見つめ、私自身を見てくれた。
そしてまるで壊れ物に触れるように優しく触れ、抱きしめ、髪を撫でてくれた。
それだけで、恋に落ちるには十分だった。
男性はブツブツ何かを呟きながら考えているようだった。
「恋…。そうか、これは恋なのか。この気持ちが…。娘よ、私もおそらくお前に恋をしている。」
私の手を両手で握りしめ、真っ直ぐ私の目を見て言った。
その目は真剣で、男性の気持ちは本物なのだと伝わってきた。
「本当に?」
「あぁ。今まで私は人を餌としてしか見ていなかった。例え泣いていようが、何とも思わなかった。でも、お前は違った。お前の目から零れる涙が綺麗だと思った。こんな気持ちは、初めてだった。」
「綺麗?」
「あぁ。俺が今まで見てきた人間たちとは違ったんだ。欲望にまみれた人間たちと違い、お前は純粋で美しい。」
「そんなことない。私は、綺麗なんかじゃ…。」
男性から目をそらし、俯いた。
綺麗なわけがない。
私は体も心も汚れてる。
こんなにも、汚い…。
そう思っていると、男性は両手で私の顔を包み込み目を合わせた。
「綺麗だ。お前が思っているより、ずっと綺麗だ。その証拠に、お前からはこんなにもいい香りがする。」
そう言って、首筋に鼻を近づけ息を吸った。
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