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「いい香り?」
「欲深い者や罪を犯した者達からは淀んだ匂いがする。でも、お前からは澄んだ香りがする。こんな香りがする人間は、初めてだ。」
男性は首から顔を離し、私の顔を引き寄せそっと口づけをした。
すぐに離れてしまった唇。
まだ…、もっと…。
心が囁いた。
熱く絡み合った視線。
熱の籠った瞳を見て、男声もきっと同じ気持ちなんだと思った。
どちらからともなく伸ばされた手。
私達は強く抱きしめ合い、深く深く口づけをした。
男性は窓に手をかけ、部屋の中へ入ってきた。
そのまま崩れるように、畳の上に押し倒された。
美しい白銀の髪がサラサラと顔に降ってきたので、掻き上げるように髪を梳きながら首の後ろに腕を絡めた。
「あっ…。私…、貴方の名前、聞いてない…。」
熱に浮かされたような意識の中、男性の名前を呼ぼうにも名前を知らないことに気がついた。
「白蓮(はくれん)。私の名は、白蓮だ。お前の名も教えてくれ。」
「あ、………。」
答えに困った。
私には、名前がないから。
必要もなかった。
誰も私を呼ぶ人などいなかったから。
唯一私と話す旦那様は、私を母の名でしか呼ばない。
「私には、名前がありません。」
「名が、ない?」
「はい。旦那様が私を呼ぶときは、『三葉(みつば)』という母の名を呼ぶのです。だから、私の名はないのです。」
「そうか。」
白蓮は少し体を起こし、窓の外を見た。
そしてすぐに私の方をむいて、頬を撫でながら微笑んだ。
「では、『葉月(はづき)』。そう、呼んでも良いか?」
「葉月?」
「今宵の美しい満月と、お前の母から一文字ずつ取って葉月だ。」
今までは呼ばれると呪いがかかったような気持ちになった母の名。
白蓮のくれた名は、呪いだと思っていた母の名と私自身を優しく包んでくれたようだった。
「嬉しい…。私に、名前をくれるのね。沢山、沢山呼んで。」
「葉月…、葉月…。私の名も、呼んでくれ。」
「白蓮、愛してる。」
私達は再び唇を重ねた。
息継ぎの間に名前を呼び合うと、魂が溶け合い1つになれるような幸せな気持ちになる。
白蓮と肉体的にも1つになりたい。
自分から交わりたいなんて思うのは初めてだ。
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