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何故、こうなったのだろうか。
今俺は、崖に落ち辛うじて両手を掛けて体を支えた状態にある。
妻が大声で助けを求めている様だが、周りに誰もいないのは確認済みだから、助けは来ない。
だって、俺は、妻を、殺そうと思ってこの崖に連れてきたのだから。
その為に何度も下見し、人が居なくなる時間を選んで連れてきた。
自然を装い、ドライブにでも行かないかと誘って。
何故妻を殺そうと思ったのか?それは、俺が妻を捨て不倫相手と結婚しようと思っているからだ。
彼女のお腹には俺の子供がいる。妻とは仲が悪い訳ではないが、とても執念深い女なのだ。
こんな事が知られたら、俺や、彼女、お腹の子も危ないに違いない。ならばいっそ・・・。この計画は彼女にも話してある。
簡単な筈だった。崖から足を滑らせ、夫の目の前で落下。そんな見出しで新聞に載る筈だったのに・・・崖を見下ろした妻を後ろから押そうとして、不意に移動した妻に前へ突きだした手は空回りし、そのままの勢いで俺は落ちてこの状態になったのだ。
「利佳子、早く、引っ張てくれ!」
「・・・大丈夫?」
「早く手を・・・」
妻は這いつくばって、腕を伸ばす。その腕を掴もうと必死な俺。
届くと思った瞬間、妻は俺の左手の薬指から指輪だけをするりと抜き取った。
「な、何してる、利佳子」
「これは形見として受け取っておくわ。あなた、私が何も知らないとでも思ったの?」
「えっ?」
「・・・というより、私が仕掛けたんだけどね。」
仕掛けた?何を・・・・!?
崖の上にはもう一つ人影があった。
それは、不倫相手の紀子だった。
「何で君が・・・」
「私、あなたを騙してたの。利佳子さんに頼まれて、あなたから離婚を切り出すように仕掛けたんだけど、まさか殺そうとするなんて思わなかったから、予定変更になったの。ね、利佳子さん。」
そう言われた妻は、無表情だった。それがとてつもなく恐ろしく感じた。
「私を殺そうなんて、あなたは本当に酷い人だわ。あなたといて毎日息が詰まりそうだった、離婚したいけど理由がなきゃいけないし、女一人だと何かと大変だから、慰謝料取って紀子と暮らそうと思ってたのに。」
「そ、そんな。」
「あ、博也さん、子供は嘘よ。安心して・・・って、もう関係ないか。」
「さよなら、あなた。」
鬼の様な二人の女の顔を凝視しながら、俺は奈落の底へと落ちて行くのであった。
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