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「いや。それも、確かに僕の物だよ。今は君の物だけどね」
自分の頭に巻かれたバンダナを指差しながら、冗談ぽく言う名無しに苛立ち、「意味分かんねぇよ」とフィネガンは若干声を荒げた。
「……困ったな。まさか、君がこんなに怒るとは思わなかった」
「海の魔女は仇なんだよ。俺にとって」
それで、名無しとしては合点がいったらしい。「そうか」と頷き、実に悲しそうな目でフィネガンを見る。
「君達にとって、確かに嵐を起こす存在は天敵だよね」
「あんた」
フィネガンの問いかけに、「うん」と名無しが頷く。
「雰囲気や言動で分かってた。君が、海賊なのは。これでも、ずっと軍で海賊を相手にしてたんだ。まさか、こんなところで置き去り刑にされている海賊と会うとは、思ってなかったけれど」
「……新しい船長と、気が合わなくてね」
笑いを浮かべて答えながら、そっと腰のナイフに手を伸ばす。目の前の男が怪物だったとしても、王国の王子だったとしても、もはやフィネガンにとって敵に違いなかった。
「参ったな」
名無しが小さく呟く。
「僕は、君をどうするつもりもないよ。ただ本当に……このまま、本当の友達になれたら嬉しかった」
そう笑う名無しの目は、変わらずに柔らかい。「これは内緒の話だよ」と、優しく囁く。
「実はね、王国を建てた初代国王は、セイレーンと人間の混血だったって、言い伝えがある。何百年も経った今では、一部の間だけで伝えられてきた神話だったのだけど。現王の側室が産んだ王子の一人が、その伝説を事実だと証明してしまったんだ。いわゆる、先祖帰りって奴だね」
「……それが、あんたなのか」
名無しはにこりと微笑んだ。
「大昔は海の守り手とされたセイレーンも、海洋進出が盛んな今はすっかり、船を沈める化け物ということになっている。何せ、海賊に並んで王国軍の征伐対象にもなっているくらいだからね。王族が、そんな化け物の子孫だなんて、なかったことにしたいくらい恥ずかしい過去なんだ」
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