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名無しは変わらず微笑んでいる。だがフィネガンは、少し嫌な予感がした。
「陛下は、僕と真実を知る数少ない一人に、命令を下した。被害減少のため、この海域に住むセイレーンを必ず一匹は仕留めてくるようにって。仲間が任務の中で僕を始末する手筈になっているんだと、すぐに分かったよ。
僕はね、フィン。この島には、死にに来たんだ」
「……王は、あんたの父親なんじゃないのか?」
「まあ。でも父親である前に、統治者だからね」
彼にとって、それは当然のことなのだろう。名無しの表情は、どこまでも静かだった。
「……それで、ここに来て。生きるために、嵐を起こしたのか?」
「違うよ。嵐は偶然。実のところ、僕らセイレーンは嵐を起こす程の能力なんてない。せいぜい、風を多少操ったり読んだりする程度なんだ。だから、嵐によって犠牲になる命を悼んで歌う。それが、人間に勘違いされただけ。……僕があの時助かったのは、強いて言えば頑丈な化け物だからだよ。僕を殺すために来た人が亡くなって、死ぬはずの僕が生き残ってしまった」
それを、さも悲しいことのように言うものだから。フィネガンは「いい加減にしろ」と名無しを睨んだ。
「胸くそ悪くなることばかり言いやがって。あんた、ずっと死のうと思ってたって言うのか? 洞窟で砂だらけの貝食ってる時ですらへらへらしてたくせに。なんで自分から岩山登ろうと思ったんだよ。なんであんな願いを言ったりしたんだよ。本当は、楽しく生きたいからじゃないのかよ」
「……」
「俺は小さい頃、口減らしで親に棄てられて以来、あんたらが化け物と同じくらい毛嫌いする海賊に育てられた。それに後悔とか、後ろめたさとかはない。置き去りにされた今でも、俺は海賊である俺が好きだ。ずっと積み重なってる今までの俺を否定して、どうしたら延長線上の未来にいる俺を幸せにできるんだよ」
「……フィン」
「義親父の乗った船を真っ二つにしたのがあんたじゃないってなら、俺があんたを嫌う理由なんてねぇよ。そもそも、失望できる程にあんたのことを知ってたわけでもないしな」
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