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海は女だ、と言ったのは先代の船長だった。フィネガンは浜辺を歩きながら、ふとそんなことを思い出した。確か、この腰に下げたナイフを渡された時のことだったか。
『いいかフィン。海は女だ。情緒が不安定でいつも揺らめいていて、荒れると手がつけられねぇ。そうなる前に、顔色をよく見て対処するのが一番だ』
確かにな、と荒れた浜辺を見渡して思う。
昨夜は嵐だった。この小さな島周辺はすっかり蹂躙され、避難していた洞窟内が浸水するほどだった。
浜辺を荒らしているのは、打ち上げられた流木に、船の残骸。転がった木箱などだった。それから、死体が一つ。
昨夜の嵐でやられたのだろう。「運がなかったな」と呟き、フィネガンはうつ伏せた死体を、足でひっくり返した。
それは、まだ若い男だった。フィネガンともそう変わらない。おそらく、二十歳前後だろう。金色の髪に白い肌が、男が貴族であることを示している。ただし、身にまとっているのは戦装束だ。
「戦争はしばらくねぇし、海賊か化け物退治か。死んじまったらお偉いさんも奴隷も一緒だわな」
フィネガンはよくよく男を観察すると、小さな歓声を上げた。細かな意匠の施された金の指輪が、右手の中指にはめられている。いただき、とばかりに、それに手をかける――が。
「これは……」
そのとき。男の体が、小さく震えた。
「ん? なんだ、生きてんのか。おい」
頬を軽く叩いてやると、男はうめき声を上げ、薄く目を開いた。碧眼が、空とフィネガンとをぼんやり映す。
「……あなた、は」
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