あのバンドが解散するとき

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それから何度も彼女とすれ違う事があったが、彼女は決まって金木犀の香りを引き連れて歩いている。人によっては不愉快だと感じるかもしれないその甘く淡い香りは僕にとっては心地の良いものだった。 今日も、美術の授業のために美術室へ向かう途中にすれ違う事ができたが、相変わらず金木犀の香りを引き連れ、ついでに複数の彼女のファン達も引き連れて歩いていた。彼女とすれ違うと住んでいる世界が違うことを改めて思い知らされると同時に彼女のその姿を見るだけで僕の閉ざされた世界に光が差し込む。彼女を見るためだけに息苦しいこの学校に来ているようなものだ。 彼女の姿が脳裏に焼き付いたまま美術室に着き、一番前の一番窓際の席に座った。この席は秋の弱々しい太陽の光が優しく僕を暖めてくれるお気に入りの席だ。 授業が始まると、教壇に立った人間から課題が告げられた。 「今日から新しい課題です。前回までは校舎のデッサンでしたが、今日からは花の絵を描いてもらいます。」 鼻の横に大きなホクロのある40半ばほどのおっさんが黄ばんだ歯を見せながら教壇の上で喋っている。生徒達はそれを先生と呼んでいる。 「花の絵といっても、外にでて、本物を見ながら描くというものではありません。自分の頭の中で好きな花を思い浮かべてそれを書いてください。」 A3ほどの用紙が配られた。 「期限は二学期終了までです。」     
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