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「どうする、誰が……、」
「あの場所に花を咲かせるなんて、」
「誰が行く。怪物は屋敷の主を喰い殺したんだぞ。」
「近づける人間なんて、」
花を咲かせなくては、災厄の炎とやらに襲われる。
花を咲かせるために怪物の庭に入れば喰い殺される。
どちらを選んでも、死しかなかった。
「私は嫌だ。私には妻と娘がいる。」
「俺だって無理だ!身体の弱った両親がいる。」
「じゃあ誰なら、行くことができる。」
頭を抱えた人々の脳裏に、一人の存在が過った。
街に住み、家族はいない。不自由なその身体ゆえに若いのに少しの仕事しかできない。
パッペルという義足の少女。
「パッペル、頼めるか?君しかいないんだ。」
お願い、という形をとっているが、それはもう決定事項だった。皆家族がいる。皆、死にたくない。家族がおらず、片足を失い木の義足をつけた少女は御誂え向きだった。
「はい、この街のためなら、喜んで。」
少女は諦めたように目を伏せた。
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ゴロゴロ、ゴロゴロ、音をたてて手押し車が街の中を進む。手押し車の中には、肥料の混ぜられた土、数種類の小さな苗が入れられている。
ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。車輪の音と、地面を蹴る義足の音に、皆何事かと見に来て、そっと目を逸らした。石畳に手押し車が跳ねて土を少しずつ零す。けれど私にそれを拾うだけの余裕はなくて、私の歩いた後に軟らかい土が点々と道を作っていた。
手押し車は、ひどく重かった。土が入っていることももちろんだけど、これから私が向かう場所のことを考えると、一歩進むごとに重くなっているような気がしてた。
街のはずれの森の奥、人喰いの怪物がいるという。
怖がって誰も近づかない。近づけない。それなのに、街を訪れたという占い師が厄介な予言をした。北の大地に花が咲かなければ、災厄に襲われる、と。占いなんて、予言なんて馬鹿馬鹿しい。占い師さえ居なければ、私がこうして手押し車を押すこともなく家で縫物ができたはずなのに。低賃金でも、安全な仕事。
木の義足は、いつもより酷使されているのを訴えるようにギシリと音をたてた。
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