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「パッペル!」
「……ネルケ。」
誰も私に近づこうとしない中、一人の少女が飛び出してきた。ネルケ・ハイドン。町長の一人娘で、数少ない私の友人だった。声を掛けられて、少しだけ安堵する。
「本当に行くの?森の向こうには化け物がいるんだよ?」
「知ってる。でも行かなきゃいけないから。」
「でもパッペルじゃなくても……、」
「私しかいないって。」
私しかいないって、そう言ったのが自分の父親だなんて夢にも思わないんだろうな、と思いながら少しだけ微笑む。箱入り娘のように蝶よ花よと育てられた彼女は、きっと綺麗な場所しか知らないんだろう。そして多分、知る必要はない。
「私には、家族がいないから悲しむ人がいない。私がいなくなっても問題ない。そうでしょう?」
「私がっ、私が悲しむよ!」
瞳を潤ませてそう訴えるネルケの頭を撫でた。私とは比べ物にならないくらい艶のある髪が指に絡む。
「……ネルケが悲しんでくれるなら、それだけでうれしいよ。」
一瞬だけ、「じゃあ代わってくれる?」という言葉がよぎったけれど、口から出ることはなかった。これで彼女と会うのも最後かもしれないのに、わざわざ印象を悪くする必要はない。
心配そうに私を見るネルケを置いて、私は手押し車を押した。
ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。
道の先に、薄暗い森が見えた。
森の入り口に立つと、冷たい風が吹き抜けた。腹は括ったつもりなのに、怖くて、足を止める。後ろを見ると目の覚めるような緑と鮮やかな花の色が見えた。
真っ先に斬り捨てられたけど、この街が好きだった。孤児の私を、ここまで育ててくれた。一年中花に溢れ、賑やかで美しい街だった。この街も、鮮やかな花もこれできっと見納めだ。
もう一度、その景色を網膜に焼き付けて私は森の中へと足を踏み入れた。
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