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ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。
奥に行けば行くほど木の根が複雑に絡み合っていて歩きづらい。義足の左足は幾度となくその根にとられ、転がし続けていた手押し車は数えきれないほどに跳ねて、中に入っていた土は半分くらいになってしまっていた。小さいころ読んだことのある話に、森に捨てられた兄妹が、帰るときの道しるべに白い石を撒いたものがあったことを思い出した。土を追えば帰れるかな、とも思ったけれど、これから食われるかもしれない私には関係のないものだった。何にせよこんな暗い森の中じゃ、土を辿ることもできない。
昼間森に入ったはずなのに、もう日が落ちたようで前も後ろも真っ暗だった。獣の鳴き声、木々のこすれる音、車輪が回る音、義足が地面を打つ音が、延々続く。肌寒いうえに、お腹が空いてきた。腰に下げた巾着から、申し訳程度のパンを食べる。腰を下ろした木の根が冷たかった。足は痛いし、持ち手を握り続けた掌も真っ赤になっていた。
私の両親は、小さいころに死んだ。火事で家が燃えて、熱くて、苦しくて。燃える柱が倒れ込んできて、私の左足を押しつぶした。お母さんとお父さんは私を助けようと、真っ赤な火の中で柱をどかそうとしていた。それから柱が動いて、お父さんが私を家の外に放り投げた。わけもわからず泣いている私の目の前で、真っ赤な家は音をたてて崩れた。
あの日の赤を、私はきっと忘れることはないだろう。
あのあと、街の人たちの助けによって何とか食い繋いで生きてきた。小さな仕事をもらい、小さなお金をもらう。地面を打つ義足の音は、憐れみを得るのに一役買っていた。慣れ親しんだ木の左足は、嫌いじゃない。
義足のおかげで生きてこれた。けれど義足のせいでこうして生贄のように怪物の庭に遣わされるのは、遣る瀬無い。
日の落ちた夜、暗い森を歩くのは危険だ。けれど私には奥へ行く以外に道はない。のこのこ街に帰ることはできないし、ずっと森の中にいても死ぬのを待つだけ。どうせ死ぬなら、例の怪物の顔を拝んでから。
辛うじて満たされた腹を抱えて立ち上がり、手押し車に手を掛けた。
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