20章 闇への餞

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脱け殻となった服を静かに見つめ、グレイは後ろを振り返る。 そこには静かに瞼を閉じて横たわる、花嫁にと連れ去った少女の亡骸だけがあった。 屋根裏部屋で見つけたあの日から何百年と月日が過ぎた。 それから歳をそう取らず、息を引き取っても風化しないのはこの魔界のせいだ。 「……ルナ…」 グレイは小さく呼び掛けてその華奢な躰を膝に抱き起こした。 首にはリドリーの食らい付いた吸血の痕跡がしっかりと残っている。 グレイは無表情のまま、ルナにそっと頬を寄せた。 感情の見えない視線の先には乱れたルナの下肢が覗いている。 グレイはルナの衣服の裾を直し、黒い瞳を閉じていた。 眉間にゆっくりと力が隠る。その途端にグレイの無表情だった顔が酷く歪んでいた。 「……っ…もう少しだったのに…何故待たなかった…っ」 震える掠れた声と共にグレイは何も言わないルナを強く抱き締めた。 ルナを花嫁として迎える準備はもう整っていた。 あとは時が来るのを待つだけだったのに。 幼い少女の心を悪戯に騒がせた罰なのか── もう取り返しがつかない。 血の気の引いた頬にグレイは何度も頬擦りを繰り返すと強く目を伏せる。 このまま魔の気に触れさせていてはルナも冥界をさ迷い人でも魔物でもなくなってしまう── グレイはルナを抱き上げると大きな翼を広げた。
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