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ふと、時間を確認してみる。
部屋を出てから三十分が経とうとしていた。
「リョウ、もう大丈夫です」
中からエリミラの声がする。
どうやら、無事に着替え終わったようだ。
涼は、恐る恐る部屋へと戻る。
「お待たせいたしました。これならどうでしょう」
部屋の中に居た彼女は、涼が就職活動のために用意したスーツに身を包んでいた。
漆黒の髪は、駿馬の尾のように束ねられている。
きっちりと整えられた、まさに紳士の装いといっても過言ではないその出で立ちを、涼は呆けた顔で眺めていた。
「……リョウ?どうかなさいましたか?」
「いえ、とってもいいと思います。すばらしいですね。感服仕りました」
「そ、そうですか。なら、一安心ですね」
着用者の気品の差だろうか、安物のスーツでもまるで最高級のものに見えてくる。
涼はしばらくの間見惚れており、言葉に力が入っていなかった。
「これで調査に行けますね。リョウも支度をしてください」
「はい、分かりました。……ん?調査?調査って何だよ」
涼の予定に、調査などという言葉はなかったはずだ。
涼は困惑する。
「この街での怪異の原因を探しにいくのです。根本から排除しなければ、貴方の身の安全は確保できませんので」
「そう言われても……アテはあるのか?」
「いくらかは。リョウの準備が整い次第、出発しましょう」
リョウは言われるがままに体を清め、着替え、髪を整える。
何やらおかしなことになったと考えていたが、反抗しようとも思えない。
何を言っても、エリミラは聞き入れないだろう。
一人で行って来いとも言えない、現代の社会生活におけるルールをどれほど理解しているかなど、昨夜の行動から予想がつくというものだ。
「お待たせ。まずはどこに向かうんだ?」
エリミラの手には、どこから持ってきたのか新聞紙が握られていた。
涼は、新聞をとってはいない。
「隣の部屋のご婦人から拝借しました。ここに記されている、被害者の家に向かいましょう」
「隣って、宮元のオバさんか。……昨日、うるさかったとか言っていたか?」
「昨夜はぐっすりだったそうです」
「そりゃあよかった。で、被害者の家に行くだって?別に構わないけど、無駄足になっても怒るなよ?」
許可なく立ち入ることなど出来ない。
エリミラは、まだそれを知らないのだと涼は考えていた。
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