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「ったく、こんな時世に残業なんかさせんなよタコ店長」
悪態を吐きながらコンビニから現れたのは、アルバイトとして雇われている『時永涼』という男だ。
神楽氏近辺の大学に通っている、ごく普通の大学生だ。
「……いやでも、あの店長の帰りはもっと遅いのか。う~ん……いや、やっぱりムカつく!」
独り言を呟きながら、彼は静まり返った街を歩いていく。
時刻は午後十時、民家の明かりは時間の割にかなり少ない。
街灯だけ、ということもないが、不気味さが和らぐほどの明かりではない。
「気味が悪い……。春の頃はまだマシだったぜ」
ほんの数ヶ月前までは、ここはいたって普通の街であったはずだ。
これほど気味が悪く、生気のない街ではなかったはずだ。
「……喉が渇いたな。公園に自販機があったよな」
渇きを感じた彼は、帰宅コースを外れて公園へと向かう。
帰宅までの時間は五分も延びない、軽い散歩のようなものだ。
「ココアかコーヒーか何に……っと、ベンチで熱々なのが居やがるか」
何を飲もうかと思案している彼は、自動販売機横のベンチで抱き合っているカップルを目にした。
女のほうが男に抱きつき、キスをせがんでいるように見える。
「邪魔するのは気が引けるし、今日は諦めて――」
ふと、彼はその光景に違和感を感じた。
女の息は、静かな夜には不釣合いなほどに荒々しく、十メートルほど離れている自分にも聞こえてくる。
だが、男のほうの吐息は全く聞こえない。
そもそも男の顔はこちらからも見える、つまりキスをしているわけではない。
「……俺は何も見ていない。ヤバそうなヤツらなんて見て――」
ゴトリと、音がした。
男の頭が、紅い液体を流しながら二人の足元へと転がり落ちたのだ。
そして中枢を失った身体からは、夥しい出血が見て取れる。
「……えっ?」
声を上げた彼に気付いた女が、振り返る。
首を落とされた男の肉を咀嚼しつつ、次の獲物に狙いを定める。
「あ、あ……うわあああッ!」
反射的に、彼はその場から一目散に逃げ去った。
闇夜に消え行くその姿を、異常な女は笑みを浮かべながら、ゆっくりと追い始めた。
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