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命からがら、アパートの自室へと逃げ延びる。
背後に女が居たかどうかなど、恐ろしくて確認することすら出来ない。
扉に積み上げられたガラクタのバリケードは、気休め程度にはなっているのだろうか。
「人が人を食うって、何なんだよ……。映画の撮影なんてこと、ないだろうな?そうだったら、きっとスタッフとかもその辺にいるんだろうし……」
呼吸を整える余裕もなく、彼は窓ガラスにまでバリケードを施そうとする。
二階建てアパートの二階の部屋、付近に電柱等は無し、足場もまた同じ、常人であればこちらからは道具無しには進入できない。
だが、あまりにも異常すぎたあの女であれば、その身一つで現れるのではと、彼の恐怖が叫んでいる。
「この机も動かしてバリケードにしてやろう……。だめだ、何をやっても怖さが抜けない」
机を動かしたその時、不気味な装飾の本が床に落ちた。
彼は一瞬驚いたが、よく見るとそれには見覚えがある。
「これは……古本屋で買った黒魔術の……。これならアイツが来ても……って、だめだよなぁ。こんなものが本当に使えるはずがねぇよ、それが現実世界ってもんだ」
禍々しい見た目と、自動販売機の品とほぼ同じ程度の金額、難解だが濃厚な内容に惹かれ、彼はその本を購入した。
しかし、いざ買ってみると、読み込む時間は決して十分とは言えず、数ページ捲っただけでもう存在すら忘れかけていた。
「こうしちゃいられない。アイツがもしかしたら来てるかも――」
突如、背筋に寒気が走る。
遅かった、彼は本能的にそれを感じ取った。
「うわぁっ!」
窓ガラスが割られ、人型をしたナニカが侵入する。
紛れもなく、あの女だ。
おぞましい笑みを浮かべ、真紅の八重歯を覗かせる。
その姿の前に、飛び散ったガラスで負った傷など意識の外だ。
「く、くそ!来るな、来るんじゃねぇ!」
腰を抜かした彼は、苦し紛れに先ほどの本を開き、女に翳す。
偶然開かれたページに記されていた魔法陣を、指先から滴る血液が染め上げる。
女は意にも介さず歩み寄る。
その魔法陣から、強烈な閃光が迸るまでは。
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