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耐えること、十数秒。
エリミラの息遣いが止み、彼女は牙を抜き、傷口から溢れる血液を舐め取る。
そして顔を離し、頭を下げ、言葉を発した。
「どうか、私の無礼をお許しください。こうせねば、私はまた冥府へと戻ることになっていましたので……」
鈍い痛みは残っており、多少眩暈もするが、彼女が謝罪を述べていることは理解できた。
命の恩人である彼女に文句を垂れるつまりなど、涼には毛頭無い。
「いいよ、助けてくれたんだし。……でも、血が止まらなくなって死ぬってことはまさか、無いよな?」
涼には、自分がどれほどの傷を負っているのかなど、皆目見当がつかない。
首には太い血管があって、そこを傷付けられたら死ぬ、そんな曖昧な知識が精々だ。
「ご心配なく。ガラスで受けた傷がありましたね。それを見ていただければ良いかと」
全く見当違いの傷だとは思うのだが、促されるままに涼はそれを探す。
そして、酷く動揺し始めた。
「傷が……無いぞ……?」
吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になる。
涼の知識にある、吸血鬼に関する情報の一つだ。
体の変調を、彼女に噛まれたことによって吸血鬼になってしまったからだと認識するのには、十分な情報だ。
「どうか、慌てないでください。私と契約したことで、私の能力の一部があなたに付与されたにすぎません。貴方は人間です、私のような穢れた者ではありません」
どこまで信用すればいいのか分からない。
だが彼女の真っ直ぐな眼はとても嘘を吐いている者の目ではない。
「そう言えば、名前も聞いていませんでしたね。貴方の名前を聞かせてください、我が主」
「主って……俺、普通の大学生なんだけど……。俺は時永涼、えっとその、まぁ、よろしく」
「ええ、これからよろしくお願いします」
涼は手を差し出し、エリミラはそれに応える。
手甲越しに伝わる体温は、彼女を普通の人間だと錯覚させる。
だが、彼女は吸血鬼なのだ。
人智を超えた超能力を持ち、人を殺めて血を啜り、眷族を増やしていく夜の住人。
とてもそうだとは思えない、異様な風体と先ほどの戦いを見ていなければ決して、吸血鬼であるなどとは考えようともしないだろう。
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