遠い春をめざして 第１話

第１話

　竹内のその日の授業で語られた言葉には難しい言葉が多く、卓にはその半分も理解できなかった。

　けれども、竹内さんが、自分たちに教えたいことは伝わってきた。
　文字を覚えて、学問をすれば、自分たちの境遇を変えることができる。自分たちの前には輝かしい未来が待っている。今は、まだ、冬の時代かもしれないけれど、立ち上がり、お互い手をつなぎ、前をじっと見据えれば、遠くには暖かな春が必ず見えているのだから。

　そのようなことを、竹内さんは語っていた。卓は、その言葉に強く心を動かされ、そして、竹内さんから多くのことを学びたいと思った。以来、どんなに工場での労働がつらく厳しく多くの臨時工が休んだその時でさえも、卓は皆勤賞で竹内の授業を受け続けた。卓にとって、竹内さんに教えてもらうその時間のみが、つらい日々の中、唯一の希望の時間、自分が生きていると思える時間だった。

　その夜も、卓は、綴り方の練習をしていた。
　竹内さんにもらった新しい教本の文字をできるだけたくさん覚えて、次の勉強会の時に竹内さんに喜んでもらいたいと思っていたからだ。文字の練習が竹内さんにつながっていると思うと、工場での夜勤疲れも吹き飛ぶような気がする。卓は、眠い目をこすりこすりしながら、一文字一文字丁寧に書写していった。

　ちょうど、そんな時……
　突然、ドアの荒々しく叩かれる音がした。