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卓の身体は激しく壁に打ちつけられ、折れるようにその場に崩れ落ちた。
「おい、ふざけるなよ。家にいないから、あちこち、こうやって探し回ってるんだ。竹内は、どこにいる?」
「知りません。竹内さんが、何か?」
すると、これまで黙っていたもう一人の背の高い方の背広が、吐き捨てるように言った。
「奴はな、アカだ。……シュギシャなんだよ」
「シュギシャ?」
「ああ……共産主義者だ。お前はどうなんだ?」
「僕?」
卓は、男たちが何を言っているのか、わからなかった。
共産主義者というのが国体転覆をたくらむ悪い人たちだということを、工場の主任さんが言っていたことがある。
そう言えば、以前、竹内さんに『共産主義者というのはそんなに恐ろしい人たちなんですか』と尋ねたら、竹内さんは少し怖い顔をして『君はそんな体制派の言う言葉を鵜呑みにしてはいけない。恐ろしいのは、人民の言論を封じ込め、特定の思想を持った者を弾圧する体制側の方なのだから』と言っていた。卓は、竹内さんが言っていることの意味はほとんどわからなかったけれど、でも、竹内さんが『共産主義者が恐ろしい』というそういう言い方を嫌っているということはわかった。それで、そのあと、竹内さんに共産主義者の話は一切しないようにしていたのだけれども、でも、竹内さんが共産主義者だったのだとしたら、卓の言葉はとても竹内さんを傷つけたのかもしれない。そう思うと、卓は胸が苦しくなった。
卓が黙っていると、二人の背広は、『とにかく一緒に来い。話は署で訊く』と言った。
そして、卓は着替えもさせてもらえずに、そのままの格好で部屋から連れ出された。
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