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男が何を言っているのかわからなかった。
卓は顔を上げた。
男の表情が変わっていた。
これまでも冷たい恐ろしい表情をした男だったが、さらに、感情が消え氷の表情へと変化していた。
「アカだったのなら、ここまで耐えたのも道理だ。それなら、それで、こちらの対処の仕方もある」
「ち……違います。僕は、竹内さんがいつも話してくれたことを……」
「お前は竹内の話をどう思っているんだ?」
「僕は……」
卓は、竹内さんの話を聞いて、希望が湧いてくるのを感じていた。学問をすれば、自分のように貧乏に生まれたものでも、世の中を変えることができるかもしれない。学問をすれば……。臨時工として、朝九時から夜十一時まで働いて、給金が一日一円にもならないどん底の生活をしている毎日の中で、竹内さんの言葉は暗闇を照らす一筋の光だった。
「竹内さんの話は……僕は、すごく嬉しかった……」
「よし。よく、わかった」
と、長身の背広は、卓をいったん立たせ、そして、コンクリートの床の上にうつぶせにした。そして、床にはめてあった鎖に卓の両手両足をくくりつけた。
「何を……何をするの?」
「お前がシュギシャであることはわかった。そうなると、話が違う。よほどのことをされない限り、お前は、仲間のことを売りはすまい」
「仲間?」
「同じシュギシャの竹内のことだ」
竹内さんと僕が仲間?
仲間と言われたことは、一瞬、うれしかった。でも、竹内さんと仲間ということは、僕も共産主義者のアカということになるの?
卓はとまどった。
「さて、改めて訊こう。お前の同士、竹内は、今、どこにいる?どこのアジトに潜んでいる?」
「知りません」
卓の背中を鞭の嵐が襲った。卓は動けない。両手両足を鎖で縛られ、大の字に引っ張られているため、身動き一つ取れなかった。身をよじることを手で防ぐこともできず、鞭の連打が、裸の背中を襲った。
「ぎゃあああ……痛い、痛いです。やめて、ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。いやぁあああああっ、なにも知らないんです。痛い。助けて……」
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