第1話

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 第1話

 瞼が重い。今にも、机の上に突っ伏してそのまま正体なく眠り込んでしまいそうになる。  でも、卓は、そこでうーんと背伸びをし、頬を二、三度叩くと、また、目の前の教本に視線を戻した。  ガリ刷りの藁半紙を黒い紐で綴じただけの手作りの本。  その表紙には、 『みらいのために こくご だい四かん』  と書いてあった。 「これ、竹内さんの文字かな?」  卓はその文字を指でそっとなぞってみる。  そうすると、まるで、竹内さんと心が一つになっているような気持ちがして、うれしかった。   真鍋卓は、蒲田の鋳物工場で働く臨時工の少年である。  大日本鍛造製品製造所蒲田工場。  仕事は、朝の九時から夜の十一時まで。一般工に比べて臨時工は立場が弱く、超過した勤労時間にも否やを言える状況ではなかった。  特に卓のように、同じ臨時工の中でも年若の入工したての者は、軍隊で言えば初年兵と同じ。一人前の男としては扱われない。一般工よりも遙かに長い労働時間、過酷な労働環境、先輩一般工や工場管理職からの折檻、いじめは当たり前の世界であった。  そんな彼らの元に突然現れたのが竹内さんだった。  竹内結城。二十四歳。  工場長の話だと、帝大出の学士さんらしい。
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