第33章:証

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「しかしね二宮さん、それはあまりにも独りよがりってもんだ。あなたの目標のために、この国に何万人といるファンの楽しみを奪う権利は、あなたには無いよ。」 決意に満ちた奏に食って掛かったのは、日頃から奏に対して否定的な記事を書いてきた記者だった。 ファンに寄り添い、ファンの視点でものを書くその方針に賛同するファンも多いが、芸能人からはなかなかに疎まれている曲者でもある。 「あなたの最近の実績では、海外のコンクールの銀賞だけ。そのほかのコンクールに今まで出場しないまま、日本での活動を続けてきた。ピアニストとしての実績にこだわらず、ファンにピアノを聴かせることを第一に考えてきたんでしょう?それなのに、何をいまさらって気がするよ、私は。」 記者が、椅子に深く座ると、自分の意見を率直に奏に言う。 そのストレートな物言いに、少しだけ奏はたじろいでしまう。 (それは……そうだけど。) 確かに、自分は今までコンクールの結果にこだわってはこなかった。 日本のファンの皆が楽しんでくれるなら、そして望んでくれるならコンサートに重点を置こうと思ったのも事実。 しかし、いまの奏の気持ちは違っていた。 「確かに……今までの、変わらない私だったらそうだったかもしれない。実際、以前はコンクールよりもコンサートの方が大切だ、そう思っていた時もありました。でも……。」 響の隣を、堂々と歩きたいと思った。 響に相応しいピアニストになりたいと思った。 しかし、それ以上に……。 「……悔しかったんです。先日のコンクールで銀賞だったことが。相手はフランスの至宝とも呼ばれる天才でした。もちろん前評判もあまり良くなかった。でも……、クロエさんが金賞で私が銀賞だったとき……悔しかったんです。」 もう一度、コンクールに参加したいと思った理由、それは……。 「悔しいと同時に、今度は負けないぞ、そう思う様になりました。コンサートの結果にこだわるようになったのは、これが初めてでした。」 奏の中に芽生えた、『悔しい』という気持ち。 ピアノを弾くだけで楽しかった以前とは違う。 沢山のピアニストと出会うことで、自分も実力に対してストイックになっていったのだ。 「今の私は、まだまだファンの皆さんに満足して聴いてもらえるだけの実力が足りない。世界的なコンクールで金賞を獲った時に、堂々と皆さんの前で演奏できる、そんな実力と自信が欲しい。」 奏は、記者たちから目を背けることなく、そう言った。 「証を立てたいんです。私はちゃんと、ピアニストだって!」
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