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大喝采。
立ち上がり、エレナの方へ歩み寄る響。
エレナも笑顔で響を待つ。
そして、響がエレナに手を伸ばした、そのとき……。
エレナは響が差し出した手をすり抜け、そっと優しく響を抱き締めた。
「……なっ!?」
観客から見れば、息ピッタリのデュオが、演奏のあとにお互いを称え合う、そんなハグだろうと思うのだが……
奏はその光景に驚いた。
「エ、エレナ……!」
演奏も素晴らしく、感極まったのだろうと割り切ることにはした奏。
一方、ステージ上では、戸惑う響に、エレナが耳元で囁く。
「……カナデ、怒ってるかもね。」
「お、おい……。」
からかうように言い、笑うエレナ。
まだ響から離れない。
「……ありがとう。」
「……え?」
エレナは、少し昔を思い出し、その思い出を噛み締める。
「あなたに出会えて、本当に良かった。あなたのおかげで、私のバイオリニストとしての人生は明るくなった、そんな気がするわ。本当に、感謝してる。」
それは、エレナの響に対する最後の『想い』。
「……別に、今後二度と会わないって訳じゃないけど、これから会うときはもうひとり『オマケ』がついてくることになるからね。」
響を抱き締めたまま、観客席の奏に視線を送る。
奏は、エレナのことを不満げな表情で見ている。
「……そろそろ、本気で怒られるわね。」
ふふっと笑うと、響から離れるエレナ。
「さぁ、泣いても笑っても次で最後よ。カナデに最高の演奏を聴かせてあげなさい。……コンサートのあと、ちゃんと想いを重ねられるようにね。」
エレナは、響の肩を少しだけ強めに拳で叩く。
ドンッ……という音と共に、さらに響から離れた。
「……見せつけてあげなさい。カナデに……ううん、カナデだけじゃない、ここにいる全ての人たちに、あなたが本当に真の意味で『世界最高のピアニスト』で、あるということをね。」
そのまま踵を返し、エレナは舞台袖へと歩いていく。
そして、ステージから完全に退場する、そのときに……
「……さよなら、私の恋。」
エレナは誰にも聞こえないような小さな声でそう、呟いた。
舞台を去ったエレナに対し、観客達の喝采はやまなかった。
響は、そんなエレナの後ろ姿を見送ってから、ピアノの前に戻る。
響がひとり、退場せずに残っていることで、観客たちはようやく静まっていった。
「まだ、彼は弾くのか?」
「ひとりだけで?」
「次が、最後なのかしら……?」
観客たちは、喝采を止めたがざわめいている。
そんな中、響はピアノの傍らに用意してあったハンドマイクを手に取った。
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