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ハンドマイクを手にした響は、深呼吸をしてから……。
「皆さん今日はご来場、本当にありがとうございます。ピアニストの麻生 響です。」
MCを始めた。
会場からは、ここまで素晴らしい演奏をしてきた響に対し、あたたかい拍手が起こる。
その拍手の大きさに、響は丁寧にお辞儀をする。
「ありがとうございます。あと2曲だけ、弾かせてもらいます。それで、私のここまでのピアニスト人生の集大成にしようと思っています。」
響は、淡々と話していく。
「ここまで来るのに、いろいろありました。直前には怪我もして、ピアニスト人生の危機も迎えました。いろいろ……気持ちの変化もありました。」
響は、懐かしむような表情で話を続ける。
「これからの2曲は、ここに来てくださった皆様、そしてこれまで私を支えてくれた皆さんのため、精一杯弾こうと思っています。」
会場内からは、再び拍手が起こる。
「そして……。」
そこまで言うと、響は奏の据わっている席の方に向き直る。
「響……さん?」
奏がその行動に驚くと、同時に響と目が合う。
「……俺の集大成、しっかりと見届けて欲しい。俺はこれまで、独りでピアニスト人生を歩んできた。これからは……一緒に歩いていこう。辛いこともあるかもしれない、意見が合わないこともあるかもしれない。それでも……、俺たちは、俺たちなら上手くいく。そんな気がするんだ。」
優しい表情で、奏に向かって言う響。
観客たちは、誰に向けた言葉なのかと、辺りを見まわした。
「響……さん……。」
奏は、顔を両手で覆う。
とめどなく涙が溢れてきた。
ずっと知りたいと思っていた響の想い。
自分の前から姿を消してから、本当に響は自分の気持ちを受け止めてくれたのかと思っていた。
他に素敵な誘惑があったなら、自分から離れてしまうのではないかとも思っていた。
しかし、そんな心配はこの言葉で全て、きれいさっぱりと消え去ったのだった。
「聴いて欲しい。俺のすべてを。」
そこまで言うと、響はハンドマイクを戻し、ピアノの前に三度座る。
奏は、顔を両手で覆ったまま、何度も何度も頷いた。
「おやおや……まさかこの場面で愛の告白とはねぇ……。キョウもなかなか男前じゃないか。」
舞台袖では、マティウスとエレナが響の様子を見守っていた。
「良く言うわ。コンサート直前になって、『ソロになったら
MCを』って言っていたくせに。」
エレナがマティウスを肘で小突く。
「おや、カナデをポケットマネーで招待して、しかもその席の番号をキョウに教えたのは、どこの誰だったかな?」
「う……うるさいわね!そのために響が弾くって言ってるんだから、デュオのパートナーとして、『少しだけ』気を利かせただけよ。」
お互いに、響のことを思っての行動だった。
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