終章:想いを、重ねて……。

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「久しぶりだね、彼の演奏を聴くのは……。」 響の演奏は、世界最高のピアニストたちも注目していた。 セドリック・クロエ・そして翠。 3人は動画で今日の様子を窺う。 少しだけ長い、集中の時間。 その姿勢・佇まいでセドリックは悟った。 「うん……整ったね。これ以上ないモチベーションみたいだ。」 響の目がゆっくりと開かれる。 「本当に……。これは期待していいかもしれないわ。」 「麻生さん、この時点でもうただ者じゃない感がするんですけど……。」 クロエ、そして翠も響の様子に期待感が高まっている。 そして……。 響がゆっくりと両手を上げると、鍵盤にそっと指を這わせる。 「!!!」 「……え?」 「うそでしょ……。」 客席にいる奏、そして動画を見ているクロエと翠、その誰もが響の奏でた冒頭に驚愕する。 「おいおい……復帰して初めてのソロ曲で『この曲』を持ってくるかい。失敗することとか考えないのかね……。」 セドリックも、響の選曲にはさすがに苦笑いを浮かべる。 ニコロ・パガニーニ作曲/フランツ・リスト編曲『ラ・カンパネラ』 言わずと知れた、ピアノ曲史上最高難易度の難曲と言われているこの曲。 完成してから170年余りで、録音をしたピアニストは僅か6名という、ピアニスト視点でも超絶技巧曲なのだ。 鐘の音を表現した高低音の連続は、右手に大きな疲労感を生み、主旋律が右手から左手、また左手に移るなど、譜面は難解。 この曲を美しく観客に聴かせることは、ピアニストとして最大の目標だ、そうピアニストに言わせるほどの曲である。 「本当に、大丈夫なの?響さん……。」 この選曲には、さすがの奏も驚いた。 響の実力を信じていないわけでは無いが、右手のリハビリも終えてあまり時間の経っていない、しかも復帰して初めてのソロ演奏と言うこともあり、その両手、特に右手への負担を心配したのだ。 そんな奏の心配をよそに、響は淡々と演奏を始める。 「キョウって……馬鹿なの?」 舞台袖のエレナは、半ばあきれ顔で響を見つめる。 「まぁまぁ、そんなことを言わずに。キョウにとっては一世一代の大仕事なんだから。」 エレナをなだめながらも、マティウスの心の中では、 (エレナじゃないけど……さすがにこれは自殺行為なんじゃないか?せっかくカナデが来ているんだ、もう少し難易度を下げた無難な曲でも……。) ピアニストではないエレナとマティウスが驚くほど、この『ラ・カンパネラ』のピアノ編曲の難易度は有名なのだ。
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