第3章:cherry blossom

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3人の練習は3時間にも及んだ。 ひとつの曲を作るのに2時間。 他の曲の精度を上げるのに1時間。 もとより音楽には真摯に向き合ってきた3人。 その3時間はあっという間だった。 「そろそろ……あがるか」 最初に切り出したのは洋司だった。 「えー!!まだやれるよ!」 奏は昔から、練習は納得がいくまでやる、とことんやる。 納得のいってなかった奏は、まだ続けるつもりでいた。 「私も……まだ、大丈夫だよ?」 うたも、それは同じ。 奏も納得いっていないし、と、奏の事を気遣いつつも、うまく歌い切れていない自分に不満を感じていた。 「……終わりだ終わり。二宮は鍵盤のタッチが雑になって来てるし、石神の声、正直疲れてるぞ?低音が響いてこない。これ以上やっても良くはならない。この辺で切り上げるのが頭のいいアーティスト、だぜ。」 3人の中で一番冷静だったのは、洋司だった。 うたと奏、ふたりの疲労度を感じ取り、休息をとることを選んだ。 「続けるなら、俺は先にあがるぜ?……腹、減ってんだよ。」 そそくさとギターをしまうその姿に、ようやくうたと奏は諦める。 「じゃぁ……今日は終わろうか。」 「そうだね。ゴハン、食べに行こうか。」 しぶしぶ片づけを始めるふたり。 洋司はそんなふたりを見ると大きくため息を吐き。 「お前らさ、その曲……発表を急いでたりするのか?」 と、冷静に問う。 「いや、急いではないけど……」 言葉を濁す、奏。 洋司は、もう一度深くため息を吐くと、 「なら、完成を急いでも仕方ないだろ。完璧な出来を求めてるなら、何度も弾いて、歌って。納得がいくフレーズを少しずつ編み上げていくべきだ。」 今度は真剣な表情で、奏とうたを交互に見遣る。 ふたりは、呆気にとられた表情で洋司を見る。 「洋司……」 「なんか……カッコいいね……。」 本人としてはごく自然な、当然のことを言ったつもりだったが、それがかえってふたりの視線を集める結果になってしまった洋司。 「……うるせぇな!!早く出るぞ!!メシ、行くんだろ!」 真っ赤な顔をして、スタジオの扉を開ける。 そんな洋司の背中に、 「洋司……ありがと。」 奏が声をかける。 「……お前らのおごりだからな。」 洋司はそんな言葉に振り返ることなく、そう答えた。 完成までは、まだまだ長い。 それでも、完成はすると確信したうたと奏だった。
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