誘い

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「お茶の温度は60度って… 前も言っただろうが」  備え付けのパイプ椅子に腰掛けた俺が、フーっと長い溜め息をつくと、赤野はすっかり悄気かえり、もじもじと指を弄んだ。 「そっちですか。  うう、ポットのコンセントが抜けてて」 「まあ、俺が被ったお陰で、薄くてヌルイ茶は誤魔化せたし、俺はヤケドはしないで済んだ訳だけど」 「ですよね!  私も、あ、良かったな~って。 ホラ、不幸中の幸いっていうか…」  パッと上げた嬉しそうな顔に、俺は一喝した。 「黙れ!  これがもしお客様だったらどうする気だ。なあ赤野。お前ももう2年目だぞ?少しは成長しろ」 「うう…気を付けます。 ……スミマセンでした」  彼女はしょんぼりと肩を落とし、俯いた。 「ま、まあいい。  次からは何もない所で転ばないように」  頭に軽く手を乗せ、少し強めに撫でてやると、 「ふぁい…」  彼女は小さく返事を返した。  説教は10分で止める主義である。  俺は、お茶の香りの染み込んだ湿ったスーツを脱ぐと、まだシュンとしている彼女に放り投げ、5000円札を渡した。 「これ、悪いけどクリーニングに出しといてくれるか。  ん?どうした?」  何をじろじろ見ているんだ。  首を傾げた俺に、 「あ、い、いえ。  脱ぎっぷりが何やらセクシーで…  いやぁ、お茶に濡れても相変わらずのキラキラオーラですね」  少し涙目の彼女は、照れ臭そうに頬を赤らめた。 「ば、バカッ、何を言い出すんだ!」  嬉しいじゃないか。
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