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宝箱2020/05/05
「ふわあああぁ!」
寝起きのティオが、何かを見つけたらしく奇声をあげた。
よく見ると、抜け落ちた私の羽根を握りしめている。
「ん?」
「こ、これ、は、はねえええ!」
「うん、ごめんね散らかして。どうしても古いものから抜けてくからねえ」
「はね、はね…ほしい。こ、これ、もらっても、いい?」
「うん。羽枕でも作るの?」
「た、たから、宝ものにする!」
うん、よくわからない。
「いいよ」
わああぁ…、と大事そうに本棚の手前に空いてるわずかな隙間にそうっと乗せている。
そこには、ティオが集めた宝ものが数個乗せられている。散歩をしていて見つけたいい感じの小石や珍しい木の実、枝のようなものなど。そこに、私の抜けた羽根が加わった。
ふふっ、と満足そうに宝ものを眺めている。
まあ見た目はともかく中身は子供だから仕方ない。大人にはガラクタに見えても、この子にとっては大事なものなのだろう。
あえて、駄目とは言わずにいる。
「その石は何が魅力なの?」
「これね、ここがね、ちょっと光るの。おうちの中だとよくわかんないけど、外だと光るんだっ」
なるほど。それでただの小石にしか見えないのか。
「へえー、よく見つけたねえ」
「えへへ……」
褒められて、何だか嬉しそうだ。
「……そうだ」
これを入れる宝箱を買ってあげたくなってきた。
なくしたりしないよう、大事にしまっておけるように。
喜んでくれるかな、と思う。
「なに?」
「秘密」
「えっ、なに、気になるよっ」
「お昼寝するなら教えてあげる」
「むー…、する」
「いい子だ」
ティオを寝かしつけ、王宮を出てなじみの宝飾店に向かう。
「宝石箱を探してるんだけどね」
このくらいの大きさで、と手で示し雰囲気だけ伝えると、奥から出してきてくれたのは、いかにも高価な宝石入ってます、という派手な色石で飾られている。
「あ、もっと実用的なのあります?」
お待ちくださいね、と出してきてくれたものは、長方形で蓋部分が丸みを帯びている定番の形をしていて、木製らしく軽くて羽根の絵が描かれていた。
「これはいいね、これもらうよ。いい感じに包んで」
「かしこまりました」
取り急ぎ戻ってみると、ティオはまだ眠っていた。もう起こしてもいいかな、と思って髪をなでると、そうっと細く目をあけて、また閉じてしまう。
「こら、起きてるでしょ」
「やだ、寝てる」
髪を撫でられるのが好きらしく、じっとしている。
「君に買ってきたものがあるんだけどなあ」
ピク、と耳が揺れた。葛藤しているらしい。
「……みせて」
「どうぞ」
わざと足もとに置いてみた。当然手の届かないティオが、むぅ、と顔をしかめて起き上がる。
「わあ、大きい箱だね。なにかな?」
「どうぞ、開けてみて」
子供みたいにビリビリと豪快に開けている。
「箱?」
ん? と首をかしげる。
「君の拾ってきた宝ものを入れる箱にどうかな?」
「えええ!!」
わああ、と箱をパカリと開けている。
「こ、ここに、入れておくの?」
「うん。そうしたらなくさないし、いつでも開けて見られるでしょ?」
「うわあ…、嬉しい……」
ぎゅう、と箱に抱きついている。
うん、贈り物として正解だったな。
ぴょこんとベッドを降りて、宝ものを取り、宝石箱に入れはじめる。
表情を見るに、とてもとても嬉しそうだ。
何か貢ぎたいような気持ちが芽生えはじめて、その感情にあわてて蓋をする。
喜ばせるのと甘やかしは、別物だ。
何もかも不自由のないよう買い与えるのは、よろしくない。
「ティオ、本物の宝石をひとつ買ってあげるよ」
「えっ?」
きょとん、としている。宝石がほしいわけではなさそうだ。
だが、私のティオである以上、貴族階級に準じることになる。拾ったガラクタで遊ぶのはもちろん構わないが、本物を見る目も養っておいてもらいたい。
「夜、お出かけしようね」
「う、うん……、わかったー」
宝石屋に入ると、ティオがこぼれ落ちそうなほど大きな目をして、店内を見回した。
「どれでもひとつ選びなさい」
「みんなきれいだあ……」
素直すぎる賛辞に、店員のくすくす笑いが聞こえる。
「え、選べないよ……、どうしよう」
いらっしゃいませ、と声をかけてくれたのは、宝石箱を出してくれた店員だった。
「彼が例の宝石箱、とても喜んでくれてね、中身を買いに来たんだよ」
まあ、それはよかったです、と微笑んでくれる。
「あの子の瞳によく似た桃色の石ある?」
お待ちくださいね、と探しに行った。
「ぼく、あなたの色がいい」
「いや、私の瞳は黒いから、あまりつけられる色ではないよ。透明なのにしておく?」
「うんー……でも自分の色はあんまり好きじゃないから。ぼく、あなたの気配の色にするね」
「は……?」
どういうことだ、気配に色があるのか。天使には見えないし察することもできないからわかりようがない。
桃色はいらないです、あのね、と色を説明しはじめる。
「あのね、色が変化するの、ありますか。透明でね、わーって混ざってるようなの」
それはどういう、と店員がティオの幼い言葉の意味に助けを求めてくるが、私にわかるわけはない。
「宝石ではありませんが、ガラス玉でしたら色の混ざったものがございますよ」
「見せて!」
はい、とティオに応じている。おかしい。本物の宝石を買いに来たはずなのに、楽しそうにティオはガラス玉を選びはじめてる。
いっこって約束したから、と真剣に悩んでいる。
公爵のティオがガラス玉をひとつ買ってもらうのに悩む姿ってのは、どうなんだ。当初の目的から外れてしまっているではないか。
「ティオ、宝石にしなさい。君に学ばせるために買うんだから、ガラス玉じゃ意味がない」
「えっ、そうだったの……。こんなきれいなのに……」
しょんぼりと手の中のガラス玉を眺めて、元に戻した。
「宝石の冷えた質感や輝きを学ぶためだからね、遊びじゃないんだよ」
「そっかあ……、ざんねん」
しまわれていくガラス玉を目で追いかけるティオに、それ全部くださいと言いたくなるのをこらえる。
「私が選ぶよ。それでいいね?」
「はぁい……」
結局、淡い桃色の石を購入したが、ティオの表情は暗く沈んでしまっている。
ガラス玉が気に入ったのだろう。ひとつぐらい買ってあげればよかったかな、と思ってしまい、甘やかしてはいかんと自らに言い聞かせる。
帰って、宝石を手に乗せて、その煌めきを珍しそうに眺めているティオを眺めている。
「これが本当の宝石なんだねー」
私はまだ、この子に公爵という身分を明かしていない。
成人したら嫌でも知ることになるが、知って今の親しい距離感が離れてしまうのが、嫌だ。
「ティオ、貸してごらん」
「はいっ」
落とさないよう、そうっと手のひらに乗せてくれる。
それを摘みあげて、光にかざした。
「宝石は、長い年月をかけて石になった何かだ。大きいものになると、やはりどうしても中に不純物が混ざる。ここ、わかる?」
「あ、なにか入ってる」
「これが本物の宝石である証拠ね。短時間で作られた贋物は、見た目は綺麗だが、これが含まれない」
ほえー、という顔をして眺めている。
「これが目立つほうが高価なの?」
「いや、高価なのは不純物が限りなく少ない。贋物と変わらなくなるんだよ」
「ええ……、どうやって見分けるの」
「風格。それは年月にしか出せない。細工の複雑さや輝きは似せられても、本物は違う。これが、本物だ」
ティオの手に、宝石を握りこませる。
「そっかあ……難しいんだね」
「やっと養育者らしいことをしてる気がするよ」
ふふ、と笑ってる。
「ガラス玉もきれいだったよ。ぼくの好みでいったら、宝石よりガラス玉が好きかなあ」
「趣味嗜好はどちらでも構わない。ガラス玉は集めて眺める楽しさもあるからねえ。宝石は身を飾るものでもあるから、知っておいてほしくてね」
「はいっ! 大事にするね」
ティオは宝箱に鍵をかけて、なぜかベッドの下に隠してしまうと、鍵だけを書棚の前に置いた。
それきり、ティオは何かを拾ってくることはしなくなった。
子供の無邪気さを奪ってしまったかな、とかすかに後悔したが、本物ではない、と目が見抜くようになったのだろう。
成長してるんだな、と思う。たったの半年で何ができるんだと思っていたが、ティオの変化に立ち会うと、それも間違いではないとわかる。
本気で、主の好みに仕上げることもできてしまう。
ティオを成人させ、それから何人も養育して独立させている天使もいる。
わかる気がする。短期間に結果が出るせいもある。楽しいのだ、純粋に。
「ノーラ、掃除した侍女がこんなものを見つけてね。覚えている?」
「あっ!」
わあ、と目を輝かせる。
「ぼくの宝石箱だっ!」
鍵、鍵、と探しだすノーラに、先回りして見つけていた鍵を手渡す。
「うわあ、ぼく何を入れてたんだろ。あんまり覚えてないなあ」
鍵を回し、カタンと外れる音がした。そうっと蓋をあけると、白いふわっとしたものが溢れかえった。
「うわあっ!」
それは、私の羽根、だった。
「ぼくったら、あなたの羽根、こんなに集めてたんだ……」
「…………ちょっと言っていい?」
「ひ、ひかえめに」
「気持ち悪いから捨てて」
「う……っ」
仕方ないか、と言いながら片づけていくと、桃色の宝石を摘みあげた。
「うわ、懐かしいー。ぼくこれ眺めるの好きだったあ」
「それ、見た目は普通の宝石だけど、君が思うより希少価値あるからね」
「バーランド公爵……」
「はい……」
「今ならぼく、この石の価値わかるから」
「はい」
「身につけられるように加工してほしい」
「……わかりました」
なるべく石を削らないように装飾をつけて、襟元にでも飾ってやろうと思う。
懐かしそうに道端の石も眺めて、どうするのかなと思っていたら、元に戻して状態のいい羽根をひとつ入れている。
「よく見たら、この箱も価値あるよね……」
「まあ、そうですね」
「ぼく、今は飾る宝石もいくつか持ってるから、ここに入れて使うよ」
「そう」
無造作に箱を片手に掴んで、やはりベッドの下にしまうノーラに、本質は変わらないのかな、と思う。
当時の心幼かった可愛いティオは、もういない。
「なんでぼく、こんな羽根ばっかり集めてたんだろ。こんなの、本物のほうがいいに決まってるのに」
ささやくように言って、私の背に手を回してくる。出してよ、と言わなくてもわかるから、隙間から手を入れて撫でるのやめてほしい。
「ここ、触ると出てくるよね」
「変な風に言うな!」
翼が服にひっかからないように導き出してくれる手つきの慣れに、辟易する。
「うん、やっぱり本物がいい」
こっちもね、と両翼を出させて翼ごと抱きしめて。
ああ、もう。
好きにされてる。
「ぼくの天使さま……」
「もういい? 仕舞うよ?」
「だめ、もうちょっと見せて」
膝をつき、翼の先端に口づけてくる。貴族の男の扱いに慣れすぎたノーラの所作に、ときめきよりは呆れてしまう。
ノーラの手から自由を取り戻し、するりと翼を仕舞う。
「あっ、もう!」
「付き合ってられるか」
私は相変わらず社交界が苦手なのに、ノーラは着実に成長して私を惑わせてくる。
「昔は可愛かったのに」
「どうせぼく、もう可愛くないもん」
ぷん、と唇をとがらせて横を向く。それでも、私の前でだけ見せる幼さは、変わらない。
大人と、子供と。両方をあわせ持つノーラの魅力は、増すばかりだ。
「可愛さだけが君の魅力ではないからねえ」
む、とみるみる頬が染まっていく。
「大人なぼくも、好き?」
「もちろんですよ、私のティオ」
わあ、と笑顔がほどける。
ぴょんと飛びついてくるノーラを抱きとめて。君を愛してるよと何度でも繰り返し、言葉ではなく心に強く思う。
私の気配を読むノーラの能力に依存する、私だけの伝えかた。
ガラス玉より本物で、透明できっと、宝石よりも私は、君のものだ。
―おわり―
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