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ティオ・ノーラのいない医務室に帰り、お疲れさまです、と笑顔を見せた非常勤のカシクバートをつい、睨みつけた。
「あ、ご機嫌悪いですね」
「ノーラが結婚したいって言い出した時に仮の主をしてたってことは、君はノーラの相手が誰か知ってたわけだ?」
苛立ち紛れに、カシクバートに詰め寄る。
しかし、彼は嬉しそうに笑っている。それもまた腹がたつ。
「ノーラって名前にしたんですね」
「可愛いだろ。じゃなくて!」
「可愛いです。何ですか」
「……ノーラが主から独立するって出て行った」
「え、あなたから独立?」
「もう、意味わかんないよねー」
愚痴りながら患者を診る簡素なベッドに腰かけた。
「初代ティオにとっては普通のことですけど」
「君はノーラの味方か!」
「私は私の味方です。もう養育を終えたんですし、あなたの気持ちも伝えていいと思いますよ」
「……うん」
これまでは、養育者だからとあまり自分の願いや望みは口にしてこなかった。
「うちの子、理想ばっかり言って私を見てない気がしてね……」
「そんなことより、ティオを相愛の相手と離すのは危険だと知ってますよね?」
「そりゃ知ってるよ。むしろ私のほうが危険な気もしてきた」
「心配しすぎてですか」
「……いや、なんか色々と」
説明のしようがない。心配はもちろんするが、ノーラの気持ちを知って離れているのも嫌だし、離れているのが、そもそも嫌だ。
仕事を探すとか言ったから、私のつてを頼ってどこかノーラを……働かせてくれる場所も……見つけてやらないと……
はっ、と気づいた。
「ああ! まだ正式に手続きしてないから名無しだ、あの子!」
「……そこ怠りますか」
「先に結婚してたんでね!」
ほら、と独身男にわざと左手を見せびらかす。カシクバートは視線を向けたが、何も反応しなかった。
装飾のない銀の指輪だから安物に見えるのだろうか。貴族階級の男は目が肥えてて厄介だ。
「男二人じゃ結婚できませんよ」
「ノーラが求婚して私は受けたんだから結婚成立だよ」
冷たい目を向けられた。
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