1 窓

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「あ! 来てくれたんですね、嬉しいです!」 「お邪魔してもよろしいですか」  シエラニーナさんの髪は飾りのない紐できつく結われていて、手荷物には、お掃除に使う布がたくさん入っていた。 「あっ、お掃除は今日からぼくがします! あの、でも至らないと思いますので、たまにこうやって見に来てくれたら嬉しいです。……あの、ご迷惑でないなら」 「私は仕事ですから構いませんよ。むしろ楽になるくらいです」  よかったあ、と思う。イグノトルさまからお願いしておくと聞いてはいたけど、断られたらどうしよう、と思ってた。 「でもシエラさん、すごいね。本宅も広いのに、別宅まで管理してるなんて」 「誰もいないから散らかることもないんです。たまに風を通して埃を払うくらいですよ」 「あ。ぼく、散らかすかも……」  ふふ、と笑ってくれた。 「本宅にお二人で一泊された時、散らかりませんでしたよ」 「そ、それはイグノトルさまが散らかすの嫌うひとだから」  手荷物をそっと受け取って、シエラニーナさんを中へ案内する。まあ……案内するっていってもお部屋の中はシエラニーナさんのほうが詳しいんだけど。 「旦那さまが養育したティオがお部屋を散らかすとは思えません。旦那さまが思い出のたくさんある別宅に誰かを住まわせるなんて想像もしてませんでした」  どんなことがあったのか、シエラさんは知ってるんだろうか。 「あの、どんな思い出か……訊いても大丈夫ですか」  ぼくの真剣な顔に、シエラニーナさんは少し困ったような笑みを浮かべ、お茶にしましょうね、と厨房に入っていく。 「そちらでお待ち下さいますか」 「あ、ぼくにお茶を教えて!」  シエラニーナさんに訊いたら、医務室にあるお茶はイグノトルさまのお気に入りで『センチャ』といい、地上のものらしい。ぼくが、はじめて医務室に飛び込んだ日に、落ち着くから、と飲ませてくれたものだ。  シエラニーナさんのお手伝いをして、用意できたお茶を居間のテーブルに運ぶ。高価そうな絨毯に気づき、こぼさないように、そっと。  お茶をそそぎ、シエラニーナさんは遠慮がちにぼくの向かいへ座った。 「旦那さまはお父上よりお母上を好いていらしたので、お父上がお留守の際はよくこちらでお二人で過ごされたんです。侍女も数名の方だけで」 「そ、それ……イグノトルさまが小さい頃のお話……?」
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