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「ええ。私もまだ幼かったのですが、私の母は侍女でしたから、こちらでお世話を」
「そっかあ……」
小さい頃の二人が一緒にいたとは知らなかった。
「お母上はお身体の弱い方でしたから、大勢の侍女が出入りするのはご負担だったようですね。でも、旦那さまを乳母に預けたままにはなさらず、ご自分の手でお育てになったんです。仲睦まじいご夫婦でしたよ」
「でもイグノトルさま、お父さんと仲が悪かったみたい……」
あまり話してはくれなかったけど、ちょっと悪いふうに言っていた。
「いいえ、お父上は旦那さまを愛しておられましたよ。とある医師の対応に腹をたてて、こんなことならご自分が医師になると」
「あ、え!?」
イグノトルさまから聞いたのは、家族をほったらかして医師になったって。
「お父上は平民の方でしたから、学はあっても医師にはなれなかったようです。ご結婚されてから身分を得て、ようやく」
「ちょ、待って! イグノトルさまはそれ、知らないかも!」
「え?」
「家族を捨てて医師になったみたいに思ってます! え、でも……なんでシエラさんは知ってるの」
「子供でしたから、かしら。お父上がお話をして下さいました。話すことが目的で、返事は期待されませんでしたけど」
「待って、シエラさん!」
だめだ、聞いていられない。ぼくがイグノトルさまより先にそんなことを知っちゃいけない。
「奥さまには聞いて頂く権利があります」
「え……、誰?」
「あなたが奥さまでしょう?」
「ちがうよ、イグノトルさまがぼくの奥さん……ええっ!?」
シエラさんがそういう認識でいるってことは、イグノトルさまが話したんだろう。
でも、前のティオのこともシエラさんは知っている。もちろんぼくがはぐれティオで、養育中はずっと王宮の医務室でイグノトルさまと一緒に暮らしたことも。
「でも、私も無理にお話ししていいかどうかわかりませんから、やめておきますね」
「うん……、イグノトルさまに言ってからにします。その時は、聞かせてください」
ええ、と笑ってくれた。後片づけはぼくがしますと言ったら、お願いしますね、と託された。
シエラニーナさんが帰ってから、またお部屋を探検していると、二階の寝室に難しい文字の並ぶ本棚があった。
お母さんは読書家だったのかな……と考え、はっ、と思い出す。
「ああ! ぼくの絵本、カシクさまのおうちに置かせてもらったままだ!」
取りに行かなくちゃ、と急いで別宅の鍵をしめて飛び出した。
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