一章

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side大江 朝から感じるこの倦怠感は風邪を引いたんだと、ランチ前にようやく気づいた。どうりでぼんやりするし、体温が高いと思った。 でももうあと少しで帰れる。時計を見上げれば鐘が鳴るまであと数十分。 そんな時思いがけず部長に呼ばれた。こんな時間から呼ばれるなんて、嫌な予感しかしない。 そして、予感が的中した俺は会議室で黙々と明日の打ち合わせ用の資料を束ねていた。くそ、あの時断ればよかったと悪態ついても時すでに遅し。いくらホッチキスをバシバシ酷使しても、いっこうに片付く気配がない。 「うーーーー。。 終わんねぇ……」 どかっと背もたれに凭れて、ぐっと背伸びをした時だった。 コンコンコン── 「?」 控えめなノックの後に会議室のドアから顔を出したのは、 「……あのっ、部長に言われて。手伝ってやれって」 いつもと変わらない表情の藤本さんだった。予想外の登場に、たぶん俺は間抜けな顔をしていたに違いない。 「……」 「……」 紙をめくる音と、ホッチキスの針が紙を留める音だけが小さな会議室に響く。ただお互いに気まずいまま、頭を使わず無心で手を動かしている。そもそも俺は頭が働かない状況だったのをふと思い出した。そう言えば風邪引いてるんだった。熱も上がってきたかもしれない。じゃあこの状況は、やばくないか? ふと隣に座る彼女を見やる。 この距離ならもしかすると風邪が遷るんじゃないか。伝えた方がいいか。帰ってもらうか。いや、そうするとこの量を1人で捌くのは気が遠くなる。色々思いを巡らしていたが、ふといつもの彼女の態度を思い出した。 ──ま、いっか。いっつもなんか俺にだけ態度悪いし。ちょっと困らせるくらい…… 遷るかどうかも分からないし、もういいやと考えを放棄した。いつも俺に嫌な思いをさせてるんだ。どうせ俺の体調なんて気付かないだろうし、遷った時はいい気味だ、ということで。 .
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