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一目惚れ
「柊三鈴です」
とても天気が良い六月下旬。
少し暑いくらいの教室だったが、扇風機は回っておらず窓だけが開け放たれていた。
そして三鈴は、しんと静まり返っている教室で愛想笑いを浮かべながら名乗ったのだった。
──蝉の鳴き声が聴こえる。
そんなことに意識を向けてしまう程、今の状況が三鈴には苦痛で仕方がない。大した反応も無い生徒達に三鈴は愛想笑いを浮かべたまま口を開くが、心の内は不安で一杯だ。
周りの目が気になって仕方ないのだ。
「少し離れた……田舎町から越してきました。よろしくお願いします」
三鈴の自己紹介に興味を示す生徒はいないように思う。興味を持たれても困るのだが、なんというか。何も反応が無いのは、返って不安になる。生徒の中には机に伏して寝ている者もおり、三鈴の不安は募っていくばかり。
うまく馴染める気がしなかった。
三鈴はこれ以上どう自己紹介していいかわからず担任教師に視線を送る。三鈴の視線に気付いた教師はニコリと笑い陽気な声色で口火を切った。
「柊君、自己紹介ありがとう。それじゃあ、柊君の席は窓際の後ろから二列目です」
言われるまま話した場所に目を向ければ、一つだけ空席がある。だが、席よりも先に三鈴の目を止めた人物がいた。
空席の隣の男子生徒だ。ニコニコしながら三鈴にへと手を振ってきている。ここだよと知らせてくれているのだろうが、こういうとき、どういう反応をすればいいのかわからないものだから困る。
三鈴は困ったまま空いている席にへと足を運び、ちょこんと席についた。
そうすれば、
「俺、北村 徹。よろしくな、柊」
と、声を掛けてきた。
北村は三鈴にへと手を差し出してきて、三鈴はその手を見て、少し戸惑った様子を見せながらも手を握った。そうすれば北村は、しっかりと三鈴の手を握り返してきて笑顔を浮かべてくる。そんな北村の笑顔に三鈴の不安は溶け、ホッと心の底で息を吐いた。
「北村。柊君は右も左も解らないんだから、学校案内頼んだよ」
「りょ~かいで~す」
教師の言葉におちゃらけた対応を北村がしてみせれば、呆れたような表情を浮かべながらも一限目の授業が始まった。
人付き合いと呼ばれるものに苦手意識を持っている三鈴は、返事に度々困ることも多かった。だが北村は気にすることなく授業中、休憩中に三鈴の事を気に掛けては声を掛けてくれていた。
第一印象があまりにもおちゃらけていたので勝手にチャラい人なんじゃないか。そう決めつけていた部分があったが、北村は決して心悪い人ではなく、いきなりの転校に教科書等も用意出来ていない三鈴に、隣の席だからというのもあるが、教科書を見せてくれたりと色々と良くしてくれた。
それでもやっぱり、不真面目なのか授業中に居眠りをしている姿が目立っていたけど。
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