第二章

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 しばらく貧民街の細い道を歩いていると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。さらさらと、ゆっくり流れていることが見なくても分かる、朝凪のように静かなせせらぎが。 「ほら、着いたぞ」 「これは……」  フィオは目の前の光景に、寝起きでぼんやりしていた頭がすーっと醒めていくのを感じた。本当に、貧民街(ここ)は何度も予想を裏切ってくれる。 「貧民街にも、こんなに綺麗な所があるんだな」  こちら側は砂利で埋まっていて、フィオの身長の五倍はありそうな川の対岸には草木が生い茂っている。川底が見えるくらい透き通った水は、夜明け前の空を反射していた。 「水がないと生きていけないだろ。だからレノが、ここだけは汚すなって皆に呼びかけてんだ」  言われてみれば、がらくたやネズミの死骸が転がっていた通りとは打って変わって川辺には魚の骨すら落ちていない。 「前はレノが貧民街(ここ)を仕切ってた。でもそれが難しくなったから、今度はオレがレノの役に立ちたいんだ」 「そうか……」  この少年は、本当に自分より年下なのだろうか。  徐々に白んできた空に向かって堂々と立つ姿は、王子であったフィオよりも勇敢に見える。アカネには、狭い王宮で育ったフィオにはない凜々(りり)しさがあった。 「フィオ、ちょっと待ってて」 「? ああ」  何かを見つけたのか、アカネが上流に向かって歩き出した。フィオも後を追うが、そこにいたのは中年の男性だった。手に木桶のようなものを持っている。 「おい、そこのじーさん! 川にゴミ捨てるなよ」  アカネの声に飛び上がった男性は、桶を放り出して一目散に逃げていく。そこをすかさず、アカネの白くて細い腕が彼の行く手を阻んだ。 「待てよ、ここにゴミは捨てない決まりだ」 「いたたた、なんだお前――その黒髪、レノルフェのところのガキか」 「何のためにレノが川を綺麗にしようって行ってるのか分かんねーのかよ、おっさん。あとオレはガキじゃない」 「うるさい、子供は黙ってろ」 「ッ!」  男性が手を振り払った弾みで、アカネの身体が地面に投げ出されてしまった。その隙を突いて男性はその場から走り去る。 「くっそ……」 「アカネ、大丈夫か?」  駆け寄って手を差し伸べるが、まるで視界に入っていないかのように独りで立ち上がる。余計なお世話だと思われているのかもしれない。
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