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こんな所自分とはかけ離れすぎていて、まるで異世界のようにすら感じていた。
しかし今フィオが立っているのは、紛れもなくラジオーグの貧民街。厳しい現実に、目を背けたくなった。
「おい! もたもたすんなよ」
「ごめん、今行く」
アカネは器用に、あちこちがぬかるんだ道を歩き出す。
(本当に、こんな場所で生活など出来るのだろうか)
さすがに落差が大きすぎて不安になってしまうが、王宮に戻るという選択肢は無い。薄暗くて歩きにくい道に足を取られながら、フィオも貧民街の奥へと進んでいく。
やがてアカネの足はある小屋の前で止まった。玄関に戸は無く、外から中が見えないように長い布が垂れ下がっているだけ。隙間だらけの壁板が何とも心許ない。
中にはアカネの兄が居るのか、激しく咳き込む声がした。
「ここだ」
それだけ言うと、アカネは先に中に入ってしまう。
フィオは躊躇いつつも入り口の布をくぐり、小屋に足を踏み入れた。そこは中央に短い蝋燭(ロウソク)が揺らめいていたが、部屋の隅まで照らすには到底至らない。天井は低く、フィオの身長と殆ど変わらない高さだった。
「アカネ? 遅かったな――ッ、ごほ」
小屋の外から既に聞こえていた声が、息苦しそうにアカネを呼ぶ。声のする方を見ると、干し草を詰めた木箱を並べただけの寝台(ベッド)に青年が横たわっていた。
「ごめんレノ。ちょっと厄介事に巻き込まれてさ。こいつに借り作っちまったんだよ」
レノ、と呼ばれた青年がゆっくりと身を起こす。肩まで伸びた金髪が俯いた彼の顔を隠していて、立っているフィオからは口元しか見えなかった。
「厄介事? 逃げ足の速いお前が、珍しいな」
「逃げられなかったんだよ。こいつが、頼みがあるって」
アカネはフィオに目配せで『お前の番だ』と告げてくる。
部屋に居るもう一人の存在に気が付いたのか、青年は長い前髪を掻き上げ、その碧眼でこちらを見つめてきた。
(なんと、このような者まで貧民街で暮らしておるのか)
ラジオーグとその周辺の国では金髪や茶髪は珍しくないが、彼のように端正な顔まで持ち合わせている者はそう居ないだろう。貧相な身なりのせいでくすんではいるが、どこか高貴な雰囲気を感じさせる不思議な青年。そのぼろぼろの服を着替えさせて髪を切り揃えれば、上流貴族と肩を並べられそうだ。
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